組織のコミュニケーションがうまくいかない原因は、話し方にあると思われがちだ。しかし実際には、その多くは「聴き方」にある。話し手がどれほど工夫しても、聞き手が聴いていなければ意思疎通は成立しない。組織においてコミュニケーションの質を決めているのは、話す力ではなく、聴く力である。
にもかかわらず、多くの職場ではこの前提が見落とされている。会議ではプレゼンテーションや発言の巧拙ばかりが評価され、聴く姿勢は問われない。聴く力を養うトレーニングもほとんど行われていないのが実情だ。職場での意思疎通がもう一歩深まらない、議論が形骸化しているといった問題の背景には、聴く力への無関心さがある。
ある企業での弘下村塾の塾生プロジェクトの最終報告会でのことだった。半導体製造に関わる戦略製品の売上拡大をテーマとしたチームが発表を始めた直後、中央最前列に座っていた社長が、「こんなことは分かっているんだ!」と声を荒らげた。会場の空気は一瞬で凍りついた。発表は続けられたものの、その後の議論が深まることはなかった。振り返れば、問題は内容ではなかった。相手の話を最後まで聴く前に、自分の理解の枠組みで限定的に判断してしまったことにあった。聴くべき時間が、評価に使われていたのである。
聴けないのは能力の問題ではない。聴く時間を、別のことに使っているからだ。相手の話を聞きながら評価を下し、次に自分が話す内容を考えている。この状態では、相手の話は断片的にしか入ってこない。形式的には「聞いている」ように見えても、実際には何も受け取っていない。
ここで重要なのは、人間の認知の特性である。人は本来、話すスピードよりも聞くスピードの方が速い。したがって、会話では常に聞き手の側に余白が生まれている。問題は、聞き手がこの余白をどう使うかである。
この余白を自己の思考に使えば、相手の話は遮断される。逆に、すべてを相手への関心に向ければ、理解は一気に深まる。「傾聴」とは、この余白の使い方を意図的に変える行為と言える。相手を評価しない。自分の発言を準備しない。聞いている時間のすべてを相手の理解に使う。言葉だけでなく、表情や声のトーン、沈黙の意味にも注意を向ける。ここまで徹底して初めて、対話は成立する。
「聞く(hear)」と「聴く(listen)」は異なる。「聴く」は意識的な行為であり、訓練によってしか身につかない。そしてこの能力は、個人の問題にとどまらない。組織の質そのものを規定する。
経営リーダーが聴く力を具えていないと、組織は自由に意見を交わす土壌を醸成できない。トップが結論を急ぎ、途中で話を遮り、自らの考えを優先する環境では、現場は本音を語らなくなる。情報は歪み、意思決定の質は確実に低下する。逆に、トップが徹底して聴く姿勢を示せば、組織は変わる。メンバーは安心して意見を出し、議論は深まり、意思決定の精度は上がる。傾聴は単なるコミュニケーション技術ではない。組織の知を引き出す経営行為である。
「聴く力」を養うのに、新たな技術を身につける必要はない。聞いている間の時間の使い方を変えるだけだ。この一点を変えられるかどうかが、リーダーとしての質を分ける。組織を動かすとは、独善的な指示を出すことではない。人の声を引き出し、それを意思決定につなげることである。その起点となるのが、「聴く」という行為に他ならない。

コメント
コメントを投稿