菅義偉新内閣が来春にもデジタル庁を新設する。コロナ禍でも明らかになった、あまりにも遅れた日本の行政の IT 化。国を挙げてのデジタル社会転換は待ったなしだが、世界のトップランナーとの差は大きい。
バルト三国のひとつ、エストニアは人口130万人ほどの小国。しかし、ひた走るデジタル国家の道は壮大だ。いく度もの占領の歴史を経て、1991年に旧ソ連から独立。翌年には国民皆 ID 制を導入した。この国では、赤ちゃんに誕生と同時に11桁の ID(認証番号)がつく。この ID により、生涯にわたる個人データを集積・管理し、あらゆる行政サービスをオンラインで提供する。
受けられる電子公共サービスは年々広がり、今では戸籍だけでなく、納税、医療、教育、投票、裁判、法人登記、電子居住権等にまで及ぶ。ID カードは、日本のパスポート、運転免許証、健康保険証、印鑑登録証、年金手帳、さらには預金通帳等の情報を全てデジタル化して一枚にまとめたようなものだ。
オンラインサービスは24時間365日対応。便利極まりないが、特に注目すべきは医療分野だ。健診データから病歴カルテ、エコーやX線の画像、処方箋などの検査や治療結果が全て統一フォーマットのデジタル情報で保管されている。当然、本人も閲覧でき、健康保険料の支払い額までも確認できる。万一救急車で運ばれても、ID で医師は本人の医療データを事前に知り、到着前に受入れ体制を整える。多剤服薬のリスクも AI がチェックする。日本のお薬手帳とは雲泥の差だ。
この国では、納税申告もオンラインで5分、法人登記も20分で完了。選挙は国外からも投票でき、期日前まで何度でも選択を見直せる。運転免許証もないので、免許不携帯を理由に3,000円の反則金を払うこともない。日本と比べると、行政手続きは異次元の軽さだ。一度登録した個人情報は、変更がない限り、省庁問わず二度と入力の必要はない。行政府への情報提供は「ワンス・オンリー(一度のみ)」がモットーだ。エストニアは、この行政のデジタル化で、年間1,400年人分の国民の時間を節約した。
首都タリンの街を散策すると、いくつもの異なる民族文化に由来する建物に出くわす。中世のハンザ都市として栄えた美しい街並みには、侵略に翻弄された歴史が今もにじみ出る。この歴史背景から、「たとえ国土が奪われても、サイバー領域に行政機能と国民のデータさえあれば、国家は再興できる」というデジタル国家への希望と決意が生まれた。
デジタル変革の底には、自らの手で国を創り、国を守るエストニア国民の揺るぎない覚悟がある。日本がこの国から学ぶことは多い。
(タイトル写真はタリン旧市街地・筆者撮影)
関連図書:
「e-エストニア デジタル・ガバナンスの最前線」 三菱UFJリサーチ&コンサルティング監訳 日経BP
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