M0 麦を刈る人、地平線を見ず


 
麦を刈る人、地平線を見ずとは、目の前の作業に没頭するあまり、遠い先を見失うことへの警鐘だ。現在、IT、電力、防衛、医療などの分野では、需要増と人手不足とが相まって、日々忙殺される職場が多い。そんな時こそ、この言葉を思い出したい。

経営に携わるなら、「今の行動が将来どんな結果につながるか」を常に意識すべきだ。だが現実には、

・ 戦略的判断と称して安値受注した案件が大赤字を出し、その対応に翻弄され、当初の戦略性は忘れ去られる
・ 即効的な収益改善のため大幅に人員を削減し、人材不足からその後の成長戦略が描けない
・ 長期的な需要トレンドを見極めず、目先の案件に対応するため設備投資し、最終的に投資回収できずに設備過剰に陥る
・ 権限を現場に下ろして事業の自律性を高め、機敏な経営への転換を図るが、長期に渡り経営人材を育てる仕組みがなく、再び本社管理を強化する
・ 既存製品の改良に資金を投じるも、革新的な要素技術の登場で製品自体が陳腐化する

などのことが起こりかねない。

先々の事には不確定要素が含まれる。リスクを過小評価する、プラス要素を過大評価するなどの希望的憶測をもとに意思決定すれば、望まぬ結果を招きかねない。

これを避けるには、先ずは「徹底して事実(Fact)を分析し、今後の動向を見極める」こと。社会現象も、自然現象と同様、基本は連続の中にある。未来を予測するには、過去からのトレンドと現在を知ることが不可欠だ。

特に現状分析では自社や業界、国内事情だけでなく、競合他社は勿論、ベンチャー企業や他業界、普段見逃しがちな海外の細かな動向までも視野に入れる。未来は一様に訪れるのではなく、マダラ模様にやって来る。自分が知らない所で、すでに未来が始まっていることもある。

とは言え、予測には限界がある。過去のトレンドに沿わない異常現象には対応しづらい。未来は本質的に未確定で、100%の既定路線は存在し得ない。だからこそ、その分可能性も広がっている。それを面白い、楽しい、やる気が湧いてくると感じられるかが、未来を希望と捉えるか、不安と捉えるかの分かれ道だ。

かつて外資系コンサルティング会社に勤めていた時、日本の大手企業勤務の人をリクルートしたことがある。1980年代後半、経営コンサル業がまだよく世に知られていない時代だった。採用過程で彼から「下村さんは50歳になった時、何をしていると思いますか?」と問われ、「さぁ、今は想像がつかないけど、それこそ楽しみです」と応じた。彼も私もまだ30代だった。後日彼から、これが転職を決める一押しになったと聞いた。

不確定な将来を楽しめるかどうかは人それぞれだが、未知の世界を嬉々として切り拓く力と度量は身につけたい。そのための努力は必要だが、私には「常に心に磁北を描いている」ことが何よりも大切に思える。磁北とは、「何のために、何を目指して、今何をすべきか」を問い、遠い将来を見据えた上で今に集中することである。

多忙な職場では、目の前の仕事に集中せざるを得ない。だからこそ、時には麦を刈る手を休めて、背筋を伸ばして地平線(=磁北)を見る。一気に視界が広がり、新鮮な空気が身体いっぱいに取り込まれるだろう。再び麦を刈る手にも力が湧くものと思う。

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