M3 その M&A、GO か NO GO か?


 
コロナによる長期景気低迷は業界再編へとつながり得る。逆風の中で強い会社が生き残り、ギリギリでやってきた会社は淘汰される。冷徹なようだが、企業社会の現実だ。日本には、まだ限られた市場に多数の同業社がひしめき合い、どこも思った収益が出せない業界が散見される。コロナ不況は、日本の産業界を一段階強くする契機とも捉えられる。


不況下に生き残れる強い会社は、同業他社の窮地を看過すべきではない。M&A も含めて、自社の関わりを検討すべきだ。「倒産しそうな会社を買ってどうする?」と思うかもしれないが、そうとも言い切れない。ダメージの程度にもよるが、少なくともその会社の顧客ベースには価値がある。顧客側も供給やサービスが継続されれば安堵するだろう。


社員に逸材がいる可能性もある。私の経験では、結果的にこれが M&A の最大の価値となったこともある。その他に(隠れた)技術、自社事業との補完や相乗を生む要素が埋もれている可能性も否定できない。不況下での M&A  は社会的な意義も大きい。人材も含めてデューデリジェンス(ビジネス上の資産査定)まではやっても、無駄にはならないだろう。


とは言っても、「企業買収は、買収価格との見合いで決める」べきものだ。至極当然のことなのだが、現実はこうならないケースがよくある。先に買収ありきで、買収価値よりも、買えるかどうかの懐具合で判断することが多いからだ。M&A はいったん買収意思が固まると、関係者の大半が(無理にでも)M&A を成立させる方向に動く。買収後の事業展開をトコトン精査して、買収価値を定量的に評価していないと、価格は吊り上がりかちだ。複数の会社が買収に名乗りを上げれば、なおさらだ。


投資判断の定量評価は「現在価値法」が定番だ。投資によって得られる将来の経済価値を一定期間のキャッシュフローで評価し、今と将来との時間差分を割り引いて、現在の価値( NPV: Net Present Value )に換算して評価する。投資判断には必須の評価法だ。


しかし、これには大きな落とし穴がある・・・「後出しジャンケン」になり得ることだ。将来生じるキャッシュフローは、数多ある条件の置き方次第で大きく変わる。買収したいと思えば、それに見合った NPV をはじき出すことはいとも簡単だ。


にもかかわらず、この手法が用いられるのは、その算出過程に意味があるからだ。NPV の算出では、投資による事業展開のさまざまなケースを想定して(設定条件を変えて)①「感度分析を行う」。とくに最善と最悪のシナリオを見定めることが大事だ。台風進路と同じで、どんなに条件がブレても、この外には出ないというラインを引くことだ。


その上で、②「 NO GO(交渉決裂)条件を明確に持つ」こと。さらに、GO を決断するなら、成功に至る必須要件を算出過程で見定め、③「投資後のプランで外してはならないポイントを明確にする」ことだ。


したがって、言うまでもなく、④「 NPV シミュレーションは、投資の意思決定者本人がやる」べきものだ。これは、社内稟議がルーチンとなっている大企業とて同じだ。NPV を意思決定者以外の者が算出しても意味はない。これまでの日本企業の M&Aの実態を見ると、投資判断の基本①~④、特に④は、強調してもし過ぎることはないように思う。