M2 「お宅のあの製品は買わないよ!」


「お宅のあの製品は買わないよ!」 長年取引関係にあった会社の役員の方から、思いもよらず言われた一言に身が凍りついた。年始の表敬訪問の時だった。多くの製品を購入頂いているのに、ある種の製品だけ購入実績がなかったので、私から理由を尋ねたのだ。

「えっ、どうしてなんでしょうか?」と、とっさに応じてしまったのがいけなかった。お相手は、そんなことも分からないのかという様子で、「他社さんと比べて製品の出来が悪すぎる。あなたに細かいことを言っても、分からんでしょうが・・」と、語気を強めた。その後の会話はよく覚えていない。頭に血が上って、表敬の体裁を保ってその場を辞するのが精一杯だった。

帰社して直ぐ、製品責任者にこのことを伝えた。「あぁ、あの人はいつも手厳しいから。下村さんにもそんな言い方をしましたか」が、返答だった。その製品のどこが他社に劣るのかも認識しているようで、「現在、改良中」とのことだった。ただ、どうしても納得がいかず、というより、言われて悔しいのが本音で、他社製品とのスペックを詳細に比較してみた。品質もチェックしたが、やはり当社の製品が「出来が悪すぎる」ようには思えなかった。

その後も、このことがずっと気にかかって頭から離れない。訪問の2日後、思い切ってお相手に電話をし、「先日の件、技術者を訪問させるので、是非具体的に教えて頂きたい」と懇願した。いくつかの苦言も呈されたが、電話の最後に「機械と電気のエースを二人送ってくれれば、説明する」との確約を得た。有難かった。

その後の経緯は割愛するが、競合製品との差は我々が認識していた以上に大きく、結果として同等品を開発するだけで1年半以上かかった。現場は苦労した。改良機の第1号を同じ顧客先でデモした時は、私も立ち会った。例の役員の方にも同席頂いた。

デモ中、どう評価してもらえるのか、ずっとヒヤヒヤだった。デモが終わって、しばしの沈黙の後、「これならまあまあだ。試しに1台使ってみるか」と言って頂いた時は、思わずお相手の手を取って両手で握ってしまった。横にいた開発担当者はすでに涙目で、それを見たら私も目頭が熱くなった。

経営リーダーが顧客を訪問する際には、時勢や景気や業界の話だけでなく、さまざまなことに話題が及ぶ。時には仕事の話に留まらず、愉快な場になることも多い。しかし、話の中で自分の会社への不満が出た時には、即座にアラートモードに変換する必要がある。先ずは相手の話をしっかり聴き切ることが鉄則だが、時間の関係などで、それも難しいことも多い。経営トップは会社の最後の砦なので、ここで受けたクレームにどう対応するかが、社の姿勢と体質そのものを物語る。

まだ経営者としては駆け出しの一時間にも満たない顧客訪問が、忘れられない教訓となった。
「営業は会社の全てではないが、会社の全ては営業である。」今でも深く心に刻まれている。