職場で部下の育成に苦心している人もいるだろう。人材育成は、相手の習熟レベルに応じて関わり方を変えることが基本だ。習熟度が低い段階では、指示は出来る限り具体的に出して、きめ細かくフォローする。習熟度が上がるにつれて、自主性を尊重し、徐々に任せる範囲を広げていく。最後は、必要に応じて精神的なサポートを行うことに徹し、信頼して多くを任せる。
このアプローチは、かつてアメリカで部下の育成が上手い上司を多数観察した際に見出された、共通の行動パターンでもある。これを体系化し、実践的に使えるように考案されたのが
Situational Leadership Model( SLM )と呼ばれるモデルだ。40年以上も前に発表されたものだが、人の成長原則にかなっており、実用ツールとして未だに色あせない。極めて実践的なモデルなので、初めて部下を持つ人などには、是非参考にして欲しい(末尾に内容を補足する)。
SLMでは、育成対象者の習熟レベルを初心者、自立途上(前半)、自立途上(後半)、自立完成の4段階に分けて、それぞれに対応する指導者のあるべき行動を示している。ここで注意すべきは、SLMのアプローチは、育成対象者毎ではなく、育成対象者の業務毎という点だ。同じ相手でも、業務内容によって習熟度が異なれば、アプローチも変わってくる。SLMは一見単純に見えて、部下と業務内容の組合せの数分のアプローチをガイドする高度なモデルと言える。
人間の社会行動を観察し、統計学的にベストプラクティス(お手本)を見出す研究は、アメリカが得意とするアプローチだ。日本では、ともすると「出来る人は、何をやっても出来る」と思い込みがちなので、このモデルからの学びは大きい。しかし日本にも、統計に頼らず一個人の経験と内省のみから、これに勝るとも劣らない人材育成の要諦を示した人物がいる。山本五十六である。曰く、
やって見せ、言って聞かせて、させてみて、
ほめてやらねば、人は動かじ(→ 初心者)
話合い、耳を傾け、承認し、
任せてやらねば、人は育たず(→ 自立途上)
やっている 姿を感謝で、見守って、
信頼せねば、人は実らず(→ 自立完成)
動かせ、育て、実らす。見事なまでにSLMのアプローチと符合する。最後は「感謝」と「信頼」にまで及んでいる点では、五十六の方が人間観が深い。山本五十六は、第二次世界大戦時の海軍大将だった人だ。戦時下では、この人の一声で大群の兵士が命を投げ出して敵に突撃するほど、人を動かすパワー(職権)を持っていた人である。そんな立場にあった人が人材育成でここまでの境地に至ったことには、深い感銘を覚える。と同時に、それが故に一層、この人が加担した戦争という、多くの命を、特に若者の命を奪った大罪が無念でならない。
彼が犯した取返しのつかない過ちへの強い反省の念を胸に、人材育成のこの境地を極めて行きたいと思う。
(補足)Situational Leadership Model によるリーダーの関わり方:
● S2 (コーチング型-High Task, High Relationship Focus):自立途上(前半)段階
対象者は、一定の業務遂行能力をつけ始めているが、まだ十分のレベルになく、相談と指示を求めている。また、自らのコミットメントを高めるため、決定事項への関与や結果に対する賞賛を求めていると認識する。
リーダーは、対象者の役割と仕事内容を規定するが、折に触れて対象者から提案やアイデアを求める。最終決定は常にリーダーに委ねられるが、コミュニケーションは双方向を保つ。
● S3 (カウンセリング型-Low Task, High Relationship Focus):自立途上(後半)段階
リーダーは、日々の仕事のプロセス上の決定を概ね対象者に委ね、自らは対象者の決定を促したり、アドバイスを与えたりする。仕事への直接的な指示の頻度は少なくし、業務の進捗管理も対象者に任せる。
● S4 (委任・委譲型-Low Task, Low Relationship Focus):自立完成段階
対象者は、自らの業務遂行能力と経験から業務を完遂することができ、リーダーからは必要最小限のサポートとフォローを求めていると認識する。
リーダーは、対象者から要請があったときのみ、問題解決や決定に関わる。ただし、この場合でも業務遂行の最終責任はリーダーがもつ。
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