M4 社員を「年齢」で見るか、「意志と能力」と見るか?


社員のキャリア開発教育に力を入れる企業が増えている。キャリアセミナーは以前からあったが、今どきのセミナーは少々様相が違う。社内でのキャリアだけでなく、副業の選び方や定年後の収入の得方など、「その後の職業人生丸ごと」を対象とするものが多い。中には、転職支援を含むものさえある。

年金の受給額が減り、給付開始も後ろにずれる。このままでは、国は国民の老後を支えられない。対応には、北欧並みに消費税率を引き上げて社会保障を拡充するなどの策もあろうが、今の政府は「年金の減額と給付ズレは企業にカバーさせる」考えだ。定年退職者再雇用制度の導入や定年の延長、派遣社員の正社員化などの動きは、これに起因する。

一方、企業は、これに必ずしも積極的ではない。定年退職者の再雇用は、もろに固定費アップとなる。それでなくとも国際競争力が低いと言われる日本企業には、致命的なダメージになりかねない。再雇用の給与レベルは、定年前の半分以下とする会社が大半だ。これでは再雇用者の士気も上がらない。きのうまでの上司が定年を境に部下となる「職場の気まずさ」にも、十分な手が打てていないのが実情だ。

今月から高年齢者雇用安定法が改正され、さらに70歳までの雇用が努力義務となった。社員には早くから自律を促し、退職後も自力で稼ぐ力を持たせたい。そうでなければ、会社も社会ももたない。盛んになったキャリアセミナーには、こんな事情がある。

しかし日本の職場には、キャリア教育以前に変革すべきもっと根本的な課題がある。それは、社員を「年齢」でひと括りに見ることから、個々の「意志と能力」と見る経営への転換だ。日本の人事制度は、これまで「年齢」を基準にしてきた。「新卒一括採用」、「年功序列賃金」、「定年制」はその典型だ。新任役員の選別の際、入社年度で候補者を絞る会社も未だに多い。社員を固有の「意志と能力」と見るなら、これらが理にかなっていないことは明らかだ。勝負がかかるイニングで、リリーフピッチャーを年齢順では指名しないだろう。

私見では、
① 報酬は職責給と成果給の組合せとし、社員の貢献度と会社の業績をしっかりと連動させる。
② 定年は廃止し、職責に見合う適任者なら年齢を問わず雇用する。
③ 新卒一括採用は柔軟に運用し、中途、新卒の区別なく、常時、採用門戸を開く。
「就職氷河期世代」という世代が存在すること自体、社会としては不健全だ。人生でいつ就職するかの自由は、担保されるべきだろう。ただし、職務経験がない新人を将来に備えて採用するのなら、3年間はインターン期間とし、徹底して職務能力を養う。現在のようなOJTに名を借りた、成り行きの育成は改めるべきである。

要は「高齢者雇用=コスト増」の構図から抜け出し、「貢献度・成果」と「人件費」の整合性をとること。そして、採用活動を実践に即してより柔軟に行うことだ。

その一方、社員には職責(給与)に見合った職務能力が求められる。会社は、仕事に意欲がない不適任者には厳格に処すると同時に、社員の能力開発、再教育には十分な機会を提供する必要がある。
年功序列の中で社員を「年齢」で見れば、コストと重なる。これを排して「意志と能力」と見れば、全世代の成長と活力につながる。職場にも社会にも希望をもたらす企業経営の基盤は、ここにある。