M5 ボディランゲージの極意


パソコンで仕事中、誰かに話しかけられたら、あなたならどうするだろうか。①パソコンの画面に目をやったまま、相手の話を聞く、②画面から目を離し、顔を相手に向けて話を聞く、③画面から目を離しキーボードからも手を離して、体を相手に向けて話を聞く。

相手を尊重し話を真剣に聴こうと思えば、③が適切だろう。若い頃「人の話はヘソで聴け」と教えられた。人と応接するときのボディランゲージ(身のこなし)の少しの違いが、人間関係の構築に意外に大きなインパクトを持つことがある。

生き物の多くが、同種の個体同士で、ボディランゲージ(動作)によって情報伝達していることが知られている。例えば、ミツバチは、蜜を見つけると巣に戻って、巣の前で独特の飛び方をする。仲間に蜜の在りかを伝えるためだ。人間を含め、個単体では生存できない生き物は、個の間で何らかの意思疎通の手段を持っている。

人間の場合、声帯を使って発音を複雑に組合わせ、発声を微妙にコントロールする(=話す)ことで、かなり複雑な情報や感情までも伝え合う。が、無意識のうちにも使っているボディランゲージもコミュニケーション手段として無視できない。場合によっては、言葉( Verbal )よりも、声のトーン( Vocal )や仕草( Visual )の方が、話し手の意図を端的に伝えることさえある。「申し訳ありません」と謝っても、言い方や態度が謝罪モードと逆なら、相手には反感と捉えられることもあるだろう。「メラビアンの3V法則*」と呼ばれるものだ。

適切とされるボディランゲージには、「視線を合わせる」、「うなずく」、「微笑む」、「メモをとる」などがある。一方「胸の前で腕を組む」、「横を向く」などは、相手に対する防御や拒絶反応と見られることが多い。適切なボディランゲージは訓練によって身につけることが出来るものだ。

しかし、難題が一つある。人間は目が体(顔)についているので、顔の表情を含め、自分の仕草を自分では丸ごとは認知できない宿命にあることだ。自分の行動を自分がリアルタイムに客体視できれば、パソコン作業中に誰かに話しかけられた時どう振る舞うべきかは一目瞭然なのだが、人間は身体的制約からこれが出来ない。

逆説的だが、この事実を心するとボディランゲージ力が上達するきっかけが得られる。相手との意思疎通が上手く行かない時、相手を責める前に「自分の言動が、自分が意図したように体現できていない可能性」を内省する余地が生まれるからだ。

ボディランゲージが対人関係に影響力をもつのは、そこに相手への「関心の度合い」が表れるからだ。スキルとしてのボディランゲージの訓練以前に、職場での上下関係や好き嫌いの感情にかかわらず、「不要な先入観はいったん横に置いて、相手に純粋に関心を寄せる」ことができれば、ポジティブなボディランゲージの発信者になれる。


人間は、「外面的な型」だけではなく、「内面的な思い」でコミュニケーションしている。そこがミツバチとは決定的に違うところだ。


*(補足)メラビアンの3V法則
アルバート・メラビアン(米・心理学者 1939~)が行った実験結果を援用して、コミュニケーションでは、言語情報(7%)より、聴覚情報(38%)や視覚情報(55%)の方がより強い影響を持つことがあるとする通説。Verbal(言語)、Vocal(聴覚)、Visual(視覚)から「3V法則」と呼ばれる。