MaaS(Mobility
as a Service:マース)と呼ばれる近未来の社会交通システムに注目が集まっている。MaaSは、鉄道やオンディマンドバスやレンタサイクルなどの複数の交通手段をつなげて、チケットレス、キャッシュレスで目的地までのスムースな移動を可能とする交通インフラサービスだ。
最適ルートの検索、予約、渋滞予測、到着時刻の推定、料金の一括決済などがスマホひとつで行える。複数の交通手段を使いながらも、利用感覚は一交通手段と同じになるところがミソだ。月額定料金制で一定回数までは乗り放題のようなメニューも考えられる。ヘルシンキ(フィンランド)やリーズ(英)など、ヨーロッパではすでにこれに類するサービスが開始されている都市もある。MaaSが目指すのは、マイカーからの脱却だ。
考えてみると、マイカーは効用の割に費用負担が大きい。車本体の値段だけではない。駐車場代、ガソリン代、税金、保険料(+交通違反の罰金?)など、マイカーの維持にかかる費用を積算すると、相当な額になる。特に都会では駐車場代の負担が大きい。常駐場所だけでなく、行った先々で料金がかかる。
その一方で、都会(東京)の平均的マイカーオーナーの車使用時間は週に8時間程度だそうだ。95%の時間は使われていない計算になる。レンタカーやシェアードカー(共有自家用車)へのシフトは理にかなっていると言える。
マイカーは社会(受入側)にとっても負担が大きい。駅や商業施設には駐車場が必要だが、街の中心地は地価が高く、社会コストが高くつく。近隣に駐車場が確保できなければ、新宿伊勢丹の例のように売り場までシャトルバスでつなぐことになる。当然さらにコストがかさむ。また、EV(電気自動車)の普及率が低い現時点では、マイカー社会は環境負荷も高い。
そんなことから期待が膨らむMaaSだが、課題も多い。一番は、ファースト/ラストワンマイルと呼ばれる自宅や目的地と、公共交通機関の最寄りの乗り場との間の移動手段の確保だ。マイカーに対抗するには、歩くにはシンドイ距離を手軽な交通手段でカバーする必要がある。これには、他国に倣って電動キックボードが候補に上がっている。しかし、高齢者への対応や荷物スペースの確保に加え、日本の狭い道路事情と安全重視の法規制から、現時点での普及拡大は不透明だ。
さらに、マイカーと比べてMaaSが決定的に劣る点は、プライバシーの確保だ。乗用車内は、外と隔絶されたリラックス空間だ。デートや仲間内でのレジャーに、乗合いのオンディマンドバスでは不都合だろう。
過去数十年、日本の生活スタイルはアメリカ追従型だった。マイカー保有は一段上の文化的生活であり、これに合わせて幹線道路には大型店舗や外食チェーン店が立ち並んだ。一方で、地方の駅前からは旧来の商店街が消えた。社会システムも文化も、環境と共に変化する。今後は、これまでとは異なる選択肢もありそうだ。
根底にある命題は、「人間が本来の心地よさを感じる移動と住空間の創出」だ。MaaSがこれに応えられるかどうかは未知数だが、EVやAI、ICTや5Gなどの技術革新によって、近年、時代のページをめくる社会の大きな歯車が回り始めている。新たな社会システムと文化への移行期にあることは確かだ。