M10 76年前の誓いをどう活かすか?


またこの夏の10日間が来た。広島原爆投下の日の8月6日から、終戦記念日の8月15日までの10日間だ。今年も日本中で、被爆者と戦没者の慰霊、そして世界平和が祈られるだろう。しかし、例年ながら、「被爆の惨事を想い、世界平和を祈念する」側面が前面に押し出され、戦争における日本の「加害者」として歴史の振り返りと内省がほとんどなされないことが気にかかる。

世界平和は、理念として祈るだけでなく、先の戦争の発端から被爆、終戦に至るまでに、「どんな事実があったのか」を出来る限り多面的に知り、「どうしてこのような事態になったのか」、「二度と同じことを起こさないためには、どうすれば良いのか」を繰り返し考えることで、意味を持つ。被爆者、戦争体験者の数が少なくなるに連れ、正しい事実認識も薄れていく。これを食い止めるには、何らかの仕組みと意図的な活動が必要だ。

特に、戦時下で日本軍が他国民に対してどのような行動を取ったのか、また日本軍内部で何が行われたのか。戦争という狂気の中で、人間の心理はどう変節し得るのか、どんな非人道的な行動を取る危険性があるのかについてはもっと研究がなされ、人間の本性への理解を深める必要がある。同時に、そのような事態に陥らないための自制力を国民全体で高めることが肝要だ。

この点から、ドイツのホロコースト記念碑と、各都市の路上に点在する「つまずきの石」からは学ぶことが多い。ホロコースト記念碑は、戦時下にホロコーストで殺害されたユダヤ人犠牲者を祀る広大なモニュメントだ。2005年にベルリンのブランデンブルグ門の南側に建てられ、地下には資料館があり、ドイツの「加害者」としての過ちの歴史を遺す。

また、「つまずきの石」は、ナチス・ドイツの犠牲となった人たちの記録を残すため、彼らが当時住んでいた家の前に埋め込まれた記念石だ。名前入りの真鍮プレートを付けた10センチメートル角ほどの石の一つひとつには、95ユーロを寄付した市民スポンサーがついている。1993年に始まったこのプロジェクトによって、ドイツの主要都市には、すでに何千個もの「つまずきの石」が埋め込まれている。「加害者」としての歴史を風化させない草の根の市民運動である。

日本では、広島原爆戦没者慰霊碑に刻まれたメッセージ(「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」)に、「被害者である日本が過ちを犯したような文章となっており、改めるべきではないか」とのコメントが寄せられた。これに対し広島市は、「過ちとは一個人や一国の行為を指すものではなく、人類全体が犯した戦争や核兵器使用などを指しています」と、同市のホームページで回答している。コメントを寄せた人物はもちろんのこと、回答した市側も、無難な立ち位置に徹するあまり、戦争の「加害者」としての当事者意識が欠如していると言わざるを得ない。

被爆という莫大な犠牲を払って得た「核廃絶」と「不戦」の誓い。それにもかかわらず、今年1月に世界84カ国が批准した核兵器禁止条約には署名せず、広島での式典では原稿を読み飛ばし、意味も心も伝わらないメッセージを発するこの国のトップ。これでよいはずはない。76年前の誓いをどう活かすかは、我々日本人次第だ。


(カバー写真は、元安川沿いに立つ「原爆犠牲ヒロシマの碑」)