M0 社会と自分(2)会社の鏡は曲がっている


 
「他者との関係を、自分ピースを形づくる境界と捉える」(参照:M0 社会と自分(1)「補集合」に現れる自分)と言っても、この境界は自分だけでつくれるわけではない。自分を取り囲む他者が介在し、これによって境界の形も変わってくる。最たる例は職場だ。転職経験のある人にはピンとくると思うが、会社が変わると、職場での自分の位置づけや周りからの自分に対する見方も変わり得る。

私は、日本の重工業(造船所)からアメリカのコンサルティング会社に、その後、スウェーデンのバイオテクノロジー関連会社にと移籍し、最後はフランスの重電メーカーに身を置いた。その都度、職場環境が大きく変わり、自分に対する周囲からの見方も大きく違ったように思う。

最初の転職では、従業員1万人以上の大企業から数十名の職場となり、社員の平均年齢も40代から20代へと大幅に若返った。当時私は35歳だったが、それまでの「若ゾウ」から一気に「オジサン」になった。その後のバイオ企業では、社員の半数以上が女性で、造船所とは全く異なる職場文化に囲まれた。最後のフランスの会社は、国際的なM&Aを繰り返した多国籍企業で、欧州、北米、中国・東南アジアなど世界中の仲間とまみれることになった。

環境がここまで変わると、周囲から自分に向けられる目も変わり、「会社という鏡」に写し出される自分の姿もコロコロ変わった。それによって自分に対する自分自身の認識も変わる。そのたびに「自分はいったい何者なのか?」と、戸惑うことも少なくなかった。自分が自分の思うようには機能せず、苦しいことも多々あった。

この戸惑いの過程で学んだことが、二つある。一つは、「それまでの自分を全否定しない」こと。もう一つは、「会社の鏡はどこも曲がっている」という認識だ。

環境が変わると、自分がそれまでのようには上手く振る舞えないこともある。しかし、それこそが「学び」であり、「自己の拡張」を意味する。大事なことは、それまでの自分を全否定することなく、また過去の自分に拘泥(こうでい)することなく、「自分ピースの中心にあるもの」、すなわち、自分の特性と自尊心を大切にして、境界から学ぶことだ。

人間は、周囲からのリアクションやフィードバックによって自分を振り返り、自己を形成していく。しかし、置かれた環境が、絶対とも、全てとも言えるわけではない。所詮、「会社の鏡はどこも曲がっている」のである。環境の変化に翻弄されることなく、新たな環境から得られる学びを自らの判断で学び取って行く。そうであれば、環境が変わったことによる戸惑いは、それまでの自分を大きくパワーアップし、「自分本来の強さと良さ」にさらに磨きをかけることになるだろう。

敢えて転職を薦めるつもりはないが、複数のコミュニティに身を置くことは「人間を強く、豊かにする」ように思う。日々の生活においても、会社員としてだけでなく、家庭や同窓や地域コミュニティ、さらには趣味の世界などでの複数の自分に意識を向けることも大事だ(参照:M6 心すべきはワークライフバランスではなく、ライフロールバランス)。

要は、限られた世界だけに自分を閉じ込めないことだ。人生100年時代を嬉々として生きるには、この心構えが一層大事に思える。