M0 社会と自分(2)会社の鏡は曲がっている


 
「他者との関係を、自分ピースを形づくる(=自己形成の)境界と捉える」(参照:M0 社会と自分(1)「補集合」に現れる自分)と言っても、この境界は自分だけでつくれるわけではない。自分を取り囲む多くの他者が介在し、彼らと彼らとの関係性によって境界のあり方自体が変わる。

これを強く実感するのは転職した時だ。転職経験のある人にはピンとくると思うが、会社が変わると、職場での自分の位置づけや周りからの自分への見方が変わり得る。

日本の重工業(造船所)から米国のコンサルティング会社に、その後、スウェーデンのバイオテクノロジー関連会社へと移籍し、最後はフランスの重電メーカーに身を置いた私は、転職の度に「ガリバー旅行記で異国の地に足を踏み入れた」ような気分だった。

最初の転職では、従業員1万人クラスの大企業から数十名の職場となり、社員も平均年齢40代から大半が20代へと大幅に若返った。当時私は35歳だったが、それまでの「若ゾウ」から一気に「オジサン」になった。次のバイオ企業では、社員の半数以上が女性で、男性社会の造船所とは全く異なる職場文化に包まれた。最後のフランスの会社は国際的なM&Aを繰り返した多国籍企業で、70カ国の社員がまみれる人種のルツボのような職場だった。

環境がここまで変わると、周囲から自分に向けられる目も大きく変わり、「会社という鏡」に写し出される自分の姿もコロコロ変わった。そのたびに「自分はいったい何者なのか?」と戸惑うことになる。新たな環境で思うように振舞えず、居心地が定まらない中で悩むことも多かった。

この戸惑いと苦悩の中で学んだことが二つある。一つは「それまでの自分を全否定しない」という心の置きどころ、もう一つは「会社の鏡はどこも曲がっている」という職場への認識だ。

環境が変わると、自分がそれまでのようには上手く振る舞えないことがある。しかし、それこそが「学び」であり、自己の拡張を意味する。大事なことは、「それまでの自分を全否定することなく(自尊心を失わず)、また過去の自分に拘泥(こうでい)することなく、自分自身を冷静に見つめ、境界(環境)から学ぶこと」だ。

人間は、周囲からのリアクションやフィードバックによって自分を振り返り、自己を形成していく。ただし、置かれた環境が、絶対でも、全てでもあるわけではない。所詮「会社の鏡はどこも曲がっている」。そう考えると、戸惑いの中でフワフワしていた意識が自分の中心に集まってくる。自分を見失うことなく、新たな環境から学ぶべきことも見えてくるようになる。

敢えて転職を薦めるつもりはないが、複数のコミュニティに身を置くことは「人間を強く、豊かにする」ように思う。会社生活だけでなく、日々の生活においても、家庭や同窓や地域コミュニティ、さらには趣味の世界などを含め、複数のコミュニティとそこでの自分の役割に意識を向けることだ(参照:M6 心すべきはワークライフバランスではなく、ライフロールバランス)。

大事なことは「限られた世界に自分を閉じ込めない」こと。人生100年時代を嬉々として生きるには、これが基本ガイドと思われる。