M10 淡路島のボスザル・マッキーに学ぶ


 
わずか一年間ほどの菅政権の後を受けて、岸田内閣がスタートした。今月末の衆議院選挙の結果次第で再度変わることもあり得るが、この国のリーダーには望むことが多い。改めて「これからのリーダー像とは?」を自問していた折、興味深い記事を目にした。

(2021年)9月26日付け朝日新聞朝刊の「争い好まザル リーダーの条件」と題した、淡路島のニホンザルの記事だ。淡路島に生息するサルは、他の地域のサルにはない優しさを持ち、力や争いではなく、助け合いによって群れを保持しているという。背景には島特有の進化形態もありそうだが、93年にボスの座に就いた7代目・マッキーの存在が大きいらしい。

マッキーのリーダーシップスタイルは通常のボスサルとは異なる。母親を亡くし両手足に障害をもつ子ザルを抱いて移動したり、歩みが遅いサルのために群れの移動スピードを落としたりする。これらの行動が、他のサルからの信頼を得て、それまでのような力による権力闘争を回避。平和裏にボスの座に就き、以後15年間に及ぶ長期政権を樹立した。多数のサルが集まって体を寄せ合う信頼の行為「サル団子」も、淡路島のサルには特に顕著だと言う。

サルの平均寿命は22,3歳と言われるが、マッキーは、2008年、31歳までボスを務めた後、自ら身を引いた。その後の「ボスの座争い」には若干の波乱はあったものの、現在の9代目・ジョニーは、マッキーの行動規範を受け継いで優しいサル集団を率いている。

人間社会もトップの言動スタイルが周囲に影響し、グループ特有の文化を形成し得る。近年、相撲界や大学運動部でのスパルタ教育や暴力的指導が社会問題になっている。明らかにおかしいと思うことでも、ひとたびトップのリーダーシップスタイルが確立すると、文化は容易に変え難い。元プロ野球投手の桑田真澄さんは、「高校時代、監督や上級生によく殴られたが、殴られて上手くなるわけではないのに不可解だった」と述懐している。

職場でも同様なことが起こり得る。業績一辺倒で、社員の人格や個性を顧みない会社は早晩淘汰されるだろう。企業経営には、社員の強みも弱みも抱え込み、各人に固有の資質を最大限に活かして社会に価値を生み出す力量が求められる。その点から、どんな理由であれ、社員の退職が常態化している企業は概ねアウトだ。

先達の行動を見て、固有の文化が代々受け継がれることは学術的にも指摘されている。動物行動学・進化生物学者のリチャード・ドーキンス*は、この伝搬を司る社会的、文化的情報因子を「ミーム」と呼び、コミュニティの中で「ミーム」が個体から他の個体へとコピーされることで、文化が伝承・進化することを唱える。

安倍政権以降、過去10年近く、政治の世界では、権力を傘にした事実の隠ぺい、公的文書の改ざん、人事権の独断的行使、説明責任の不履行など、負の「ミーム」が広く伝搬した。政界を筆頭に、スポーツ界にも、そして企業にも、健全な社会発展を促す正統「ミーム」を伝承するマッキー的リーダーが求められている。


*リチャード・ドーキンス1941~)イギリスの動物行動学・進化生物学者。さまざまな社会行動の自然選択には遺伝子がかかわるとし、社会生物学を広める。著書「利己的な遺伝子」は世界的なベストセラー。