M5 アサーションの極意


 

職場ではちょっとしたコミュニケーションの行き違いや思い込みから、ストレスが生じることも多い。健全な意思疎通にはどんなことに注意すればよいのだろう。

「アサーション」というコミュニケーション方法を耳にしたことがあるだろうか。多くの人にとっては聞きなれない言葉かとも思うが、英語では assertion。主張、断言、表明といった意味だ。しかし、コミュニケーションモデルとしての「アサーション」は、単に主張したり、断言したりすることとは少し違う。このモデルを日本に導入しひろめた臨床心理学者の平木典子さんによれば、「自分も相手も大切にする自己表現法」とのことだ。

相手に対して要望がある時、相手のことは考えずに一方的に主張したり、逆に、遠慮して何も言えなかったりすることはないだろうか。「アサーション」は、そのどちらにも陥らずに、相手を思いやり、かつ、自分の気持ちを率直に伝える手段となるものだ。詳しくは平木さんの著書「アサーション入門」に譲るが、ここでは本書を参考に「アサーション」をもとにした私なりの実践運用知を記したい。

「アサーション」のポイントは3つ。①感情に流されずに、達成すべき目的を明確にする。②ベースとなる事実や状況を相手と共有する。③具体的な提案を少なくとも一つは伝える。どれも必ずしも目新しいものではないかもしれないが、コミュニケーションの実践でこれらを体得していると、意思疎通の質が大きく向上する。

「感情に流されずに、達成すべき目的を明確にする」には、感情的になりそうになった時、自分の気持ちを客観的に捉えて冷静になることが肝要だ。これには、相手に反射的に対応するのではなく、いったん一呼吸置いて、自分の気持ちの状態を言語化する。「今、自分はこのようなことに対して、こんな気持ちになっている」と、実況中継するように心の中でつぶやく。同時に深呼吸をするのもよい。このプロセスと時間経過が瞬時に感情的になることを防ぐ。その上で、自分は何を望んでいるのか、相手にはどうあって欲しいのかを冷静に見極める。

「ベースとなる事実や状況を相手と共有する」ためには、相互理解の上で共有すべき情報や事実が何かを吟味する。上手く行かないコミュニケーションでは、しばしばこれが抜け落ちる。例えば、毎朝決まって十分遅刻してくる部下に対して「今日も遅れた!」といらだつ前に、その理由を確認する。最近妻が病気になって、家事一切を自分が担い、幼い子供二人を毎朝保育園に送り届けていたとすれば、彼に対する気持ちも対応も違うものになるだろう。

最後の「具体的な提案を少なくとも一つは伝える」は、特に日本人には要注意だ。あれこれと事情や気持ちを共有しても、最後のところで対応を全て相手に委ねてしまえば、自分が望む結果にはならない可能性もある。「そこまで言わなくても察してよ!」という気持ちは分からないわけでもないが、取り分け、海外ではこれが通用しないことが多い。少なくても一つは明確に、かつ具体的に自分の提案を伝えることは試みたい。

平木さんによると、「アサーションは、単なるコミュニケーションの方法ではなく、自分が自分であることをいつくしむ力」とのこと。自分を知り、自分を大切にすることが「アサーション」の起点であり、それは同時に、他者を自分と同等に大切に思う起点でもある。


(註)*アサーション入門 平木典子著 講談社現代新書 2143