M5 傾聴の極意



コミュニケーションは話し手に主導権があると思いがちだが、その成否を握るのは聞き手だ。話し手がいくら努力しても、聞き手に聞く気がなかったり、聞く力がなかったりすれば、コミュニケーションは成立しない。さらに、対人関係で最も影響力が大きいのは「聴く力」だとも言われる。人は自分の話を真剣に聴いてくれる人には心を許しがちだ。「聴く力」にはパワーがある。

そうは言っても、聴くことは難しい。相手の話を一心に聴く「傾聴」となればなおさらだ。話が飛んだり、話すスピードが速ければ集中力が途切れ、相手が寡黙だと沈黙に耐えられない。会話では相手の話をどのように聴けばよいのだろうか? 長年悩んでいたが、人間が持つある特性を理解すると「聴く力」をつけやすいことが分かった。

「聴けないのは、聴いていないからだ」 禅問答のようだが、実際、我々は相手の話を聞きながら頭の中で別の事をやっていることが多い。よくあるのは、相手の話を評価している。「今のは間違っている」、「それは正しい」などとジャッジしているのである。あるいは、次に自分が話す準備している。こう反論しようか、こんなアドバイスをしようかなどと考えている。相手の話を聞きながらこのような事をしていれば、聴けないのも無理はない。

上述の人間が持つ特性とは「人間の聞くスピードは、話すスピードより速い」ことだ。話す時は口や声帯を動かすので脳のCPU(中央処理機能)を目いっぱい使うのに対し、聞く時は脳にそこまでの負荷がかからない。CPUに余裕がある状態と言ってもいい。したがって、会話中は聞き手側に相対的なゆとりが生まれる。

「傾聴」とは「聞く時に生まれるこの脳のゆとりを、全て相手への関心に向けること」と捉えると腹落ちしやすい。相手をジャッジしたり、次に話すことを考えたりせずに、聞いている時間の全てを相手の理解のために使う。その際は、言葉だけでなく、仕草や声のトーンなどにも注意して、相手の心情にも関心を寄せることが大事だ。沈黙の間合いも、ここに集中すると対処しやすくなる。

「聞く」(hear)と「聴く」(listen)とは違う。「聞く」は物音や音声が自然に耳に入ってくる状態だが、「聴く」はそれらを意識的に受け取りにいく行為だ。「傾聴」は、英語では Empathic Active Listening(共感を伴う能動的リスニング)。これには訓練が要る。残念ながら、我々の多くは、これまでの学習経験で、読んだり、書いたり、話したりすることはあっても、「聴く」ことをしっかり学んでいない。

逆に言えば、その分、今からでも訓練すれば上達の余地は大きい。コミュニケーションは、仕事に限らず日々の生活に不可欠な要素ゆえ、あらゆる場面が訓練の場となり得る。「傾聴」も上述を心し、上手く行かなかったらその都度振り返り、またトライする。この繰り返しが大事だ。

「聴く力」がつけば、人間関係に深みが増す。人間関係が変われば、職場も変わるだろう。意思疎通に関わる経営スキルとマインドは、日々研鑽を続けたい。