M0 社長、それはあなたの仕事です!


ある会社で新任の社長さんに抱負を伺ったところ、「私はあまり口を出さずに、全て現場に任せることにしています」と極めて控え目なコメントが返ってきた。この会社は長年製品開発が思うように進んでおらず、製造現場も旧態依然としており、顧客からのクレームも断続的に発生していたので、この発言には違和感を禁じ得なかった。

「口を出さずに、現場に任せる」発言は、一見、権限を委譲して社員の自主性を重んじる態度のようにも見受けられる。もしこの会社の組織が製品別の事業部で構成されているなら、各々の製品事業の活動は事業部長に任せて、社長自身は会社の将来像を見定め、重点事業へのテコ入れや新たな事業の創出に気持ちを向けることも考えられるだろう。

しかし、もし社長直下の組織が、開発、設計、製造、営業といった機能別組織なら、日々の事業運営に社長自らが関わることは多いはずだ。機能間の連携や調整が社長の重要な仕事となる。これを現場任せにしていると、徐々に問題が山積して混乱を生じかねない。上述の会社は後者のケースだった。

別の会社の例でも、組織を二分する本部の責任者同士の折り合いが悪く、本部間で決めるべきことが決められずに、全社プロジェクトの進捗とコストに大きな支障が出たことがあった。当然、本部長の上司である社長が出てきて解決を図るべきところだが、当人にその認識はなく、プロジェクトは実質失敗に終わった。それでも、社長自身は、上手く行かなかったのは関係者の真剣さが足りなかったからだと考えたようだった。

上司の役割で大事なのは、部下の間の利害調整と意思決定だ。分業体制で仕事をする場合、各々の部門が自部門のためにと思って行う活動が、時として反駁(はんばく)し合うことがある。

例えば、営業は早く新製品を顧客に届けたいと思う一方、開発はより良い製品を世に出すために時間をかけたいと思う・・といったことが起こり得る。先ずは関係部門間で調整すべきことだが、どうしても折り合いがつかない場合は、一段上の上司が物事を決めるのが鉄則だ。社長と言えども、上司としてのこの役割は放棄できない。

「口を出さずに、現場に任せる」発言には、もう一つ、全ての事業活動を自分の責任で指揮・運営し、結果を出す自覚と手ごたえが感じられない。当然ながら、経営トップが事業活動の全てに関わることは出来ない。日々の活動は現場に委ねることになる。しかし、その活動全てに自分が責任をもっている自覚は必須だ。そうであれば、単に現場に任せるだけでは済まないだろう。

ある大手企業で、長年収益が改善しない事業に対して、社長が「来年もこのままなら、この事業はつぶすぞ」と発言したことがあった。誰が誰に向かって言っていることなのか、この発言はいかにも奇異に感じられた。事業責任は一義的には事業部長にあるとの考えから、このような発言になったと思われるが、究極の責任が自分にあることを自覚して、日ごろから事業に適切に関与していれば、社長がこんな発言をすることは決してないだろう。

経営トップには、事業活動の全てを視野に捉え、社員との関わりのもと、自分の責任で事業を指揮・運営し結果を出す強い覚悟が要る。心の中では、「本社から遠く離れた工場の片隅に放置されている不良在庫も、自分の責任」と考える立ち位置でいることだ。要所にあっては「指示と報告の呪縛」から離れ、自ら現場に直接関与する。その気概と力量がなければ、トップは務まらない。

これは企業の大小にかかわらず「どん詰まりの責任を持つ者」の普遍的なスタンスであり、それこそが「社長の仕事」である。