M6 経営リーダーの倫理学・事業活動を支える「道徳哲学」


個人の倫理観を問うのは難しい。倫理で人を裁くことはできない、裁きは法律による。しかし、人間社会は個々人の倫理観をベースに成り立っている。「法律で罰せられるから、人を殺さない」と皆が考える社会では、オチオチ眠ることもできないだろう。

企業経営にも倫理は欠かせない。特に経営トップには高い倫理観が求められる。しかし、経営者に限らず、我々はこれまでの学習経験や日常生活の中で、倫理について学んだり、自らの倫理観を醸成したりする機会を多く持つわけではない。これが企業不祥事の遠因にもなっていそうだ。

倫理学は「道徳哲学」とも呼ばれ、学術的には哲学の一分野に入る。企業倫理を単に「不正行為防止の心構え」や「遵法精神(コンプライアンス)」と捉えるだけでは不十分だ。本来「そもそも何のために事業をするのか?」という、人間社会を生きる哲学的思想の内にある。経営にはこの問いに多方面から応える行為が伴う。

多方面とは、顧客、社員、サプライヤー、株主、地域コミュニティなど事業に関わるあらゆる関係者(ステークホルダー)の視点を指す。企業経営は「人を介して人間社会に価値を提供する営み」であり、そこにはさまざまなコミュニティに属する他者との利害関係が生じる。そこで直面する基本的な問いは、

「自分の利を欲する行為が、他者の利を損なう時、自らをどう律するか?」

だ。これが道徳哲学の根源的テーマである。

近年はアメリカ流資本主義が広まり、経営はより多くの売上高と利益、より高い株価の獲得に取りつかれている。しかし、これに翻弄されるあまりこの根源的テーマと対峙することを怠(おこた)れば、本来あるべき企業行動を損なう恐れがある。後を絶たない企業不祥事は、この現れの一端とも言える。

人間社会での他者との関係には、「うそをつかない」、「弱い者いじめをしない」、「自分の利益のために人を欺(あざむ)かない」、「人から受けた恩恵に報いる」など、売上や利益の最大化とは一見相反する倫理的規律や信条を伴う。これらの規律や信条の持ち方は、個々人の資質に加え、幼い頃からの生育環境や経験などによっても異なる。仕事を含め社会生活を送る上で、自分にはどんな倫理規範があり、それはどこから来るものなのかを自問する価値は高い。

もし自らの倫理観があやふやに思え、日常でも倫理意識に刺激を受けることが少ないようなら、これに通じる人や本などを通して、意図的にこの種の機会を持つことが大事だ。

例えば本では、数年前にリバイバル版がベストセラーとなった吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」や、今や古典とも言える夏目漱石の「こころ」などが、若年層を含め、前述の根源的テーマを熟考する機会を与えてくれるだろう。物語での出来事が企業倫理からは遠いように思えるかもしれないが、人間社会の営みに通底するテーマを問いかけている。企業活動には、経済効率一辺倒ではない「心の厚み」が必要だ。

信頼に足る経営リーダーを目指すなら、自社の倫理規範を単にコンプライアンス(遵法精神)やガバナンス(株主企業統治)に置くのではなく、道徳哲学から捉えて、自らの意志決定や企業経営のあり方を定期的にレビューすることが必須だ。不正行為防止とも業績目標達成とも次元の異なる、人間を中心に据えた「事業活動の本質」がそこにある。


(推薦図書)
・ 「君たちはどう生きるか」 吉野源三郎著(岩波文庫)、小中学生向けには、同タイトルの漫画版が(株)マガジンハウスより発刊されている。
・ 「こころ」 夏目漱石著(新潮文庫)