M6 キャリア戦略は「かけ算」


職業人生を有意義に送るには、プロフェッショナル力の鍛錬が必要だ。プロフェッショナル力とは「社会に価値を生む仕事力」のこと。「これによって世の中から報酬を得ていると自認する職業上の力量」と言い換えてもいい。当然ながら、この力が強いほど生涯で得る報酬も大きくなる。

会社勤めにあっては、普段自らの「プロフェッショナル力」を意識することは少ないかもしれない。就活時も希望の会社に入ることを優先し、具体的な仕事の領域や内容は二の次だった人もいるだろう。そんな環境下で今後の自分のキャリアをどう捉えて、それにかかわる力をどう磨けば良いのだろうか。これには、2人の先達からのアドバイスが参考になる。一人は藤原和博*さん、もう一人はスティーブ・ジョブズだ。

藤原さんは、著書「45歳の教科書」で、キャリア形成には「異なる3分野での力量のかけ算」が希少性を生むと説く。すなわち、ある分野で100人に1人のレベルの力量を養い、それが出来たらさらに別の分野でも同レベルの力量を養う。異なる2分野のそれぞれで100人に1人の力量があるなら、それをあわせ持つことで1万(100X100)人に1人の希少性となる。その上に、さらにもう1つ別な分野で100人に1人の仕事力を加えれば、百万人に1人の価値となるとの説だ。

一般に、どんな対象でも約1万時間を投じるとその道に通じると言われる。入社して10年ほどすれば、多くの人が担当分野でこのレベルには到達するだろう。キャリア形成にはそれ以降が大事で、そのままその道を究めるだけはなく、それとは別の分野で同等レベルの力量を養うことにも時間とエネルギーを注ぐ。このアプローチが他の人には真似できない仕事力を生む。

事実私の知人にも、ITと法務、医療と経営コンサルティング、材料工学とドラッグデリバリー、農業バイオとファンド、大学スポーツと企業経営などの異なる専門性の「かけ算」によって、秀でた社会価値を提供している人たちがいる。組合せがユニークなほどキャリアの戦略性は高まる。藤原さんの説のように、更にもう一つの力量を重ねれば、希少性は一層増す。

一方、ここまでの計画性をもって自分のキャリアを考えることに窮屈さを感じる人もいるだろう。そんな人には、スタンフォード大学の卒業式でスティーブ・ジョブズが語った一説 ”Connecting Dots“(点の結合)が示唆に富むものと思う。

ジョブズは若き日に興味本位でカリグラフィー(書体アート)を学んだ。それに没頭している時はそれが何の役に立つかも分からなかったが、その後の人生で初代PCマッキントッシュを開発した際、マックに多様なフォント(字体)と字間調整機能を搭載することにつながったと述懐している。

この経験から、「将来を見据えて、今体験する点(Dot)と点(Dot)をつなぎ合わせること(Connect)は出来ない。いずれ人生のどこかでつながり、実を結ぶと信じるだけだ」。ゆえに「常にハングリーであれ、愚か者であれ」(“Stay Hungry, Stay Foolish!”)と檄を飛ばす。

藤原さんも、ジョブズも、キャリア形成には異なる分野の力の「かけ算」(または結合:Connect)が鍵と説く。意図的に試みるか否かに関わらず、今取組む活動は過去や未来の経験と組み合わさって、やがて大きな価値を生み出す可能性を秘めている。そう思えば、今を生きることに力が湧いてくる。


註)*藤原和博:教育者・著述家 2003東京都初の中学校民間公募校長。「45歳の教科書」(PHP研究所)、「本を読む人だけが手にするもの」(ちくま文庫)他、著書多数(1955~