M4 「部下のキャリアサポート」の大前提


社員が会社にキャリアの希望を伝える制度が広まり始めたのは、日本では20年前くらいからではなかろうか。大手企業が率先してキャリア・ディベロプメント・プラン(CDPCareer Development Plan)と呼ばれる人材育成制度を導入し、社員本人からも将来の職務への希望を聴く機会「CDP面談」が設けられるようになった。

それ以前は、会社勤めで自分の職種や職責の希望を言うことはご法度だった。だが、社員側にも事情はある。そんな時はこっそり上司に伝え、なんとか便宜を図ってもらう。そんな協議の場は「アフター5の居酒屋」が定番。そこで本音を伝えたり、グチを聞いてもらったり、説得されたり、励まされたり・・。会社生活には不可欠なセイフティネットだった。

今でも同様なことは行われているだろう。が、これを全て「アフター5の居酒屋」でやるのは不合理だ。上司にとっても日頃から部下のキャリアの希望を知っていれば、異動や教育機会の提供もスムーズになる。そこで、この種の意思疎通を白昼堂々社内でやることにしたのが「CDP面談」である。

ところが実際にやってみると、この面談はかなり「ぎこちない場」になりがちだ。かつてはご法度だった話をアルコールの力も借りずに社内でやることに、上司も部下も慣れていない。部下は唐突に将来の希望をきかれて戸惑い、上司は部下の話を上手く引き出せず、どうアドバイスすべきか手探り状態、そんなケースも少なくない。

CDP面談には、上司側にそれなりの認識と準備が必要だ。大事なことは、この面談は「社員が自分のキャリアに想いを馳せる機会を提供する」ものであり、「社員にキャリアを言い渡したり、強制したりするものではない」という認識だ。

ここに「会社と社員の関係性」の大きな転換がある。以前は「社員がそれぞれに希望を言い出したら会社は成り立たず、会社の指示に従って何でも快く取組む社員が優秀」と見る風潮があった。社員を事業を行う手段と捉え、ひとり一人の意思や特性や事情を尊重する意識が低かったのである。事業活力は、指示されたことを「義務と責任感でこなす」より、自らが納得して「歓びと使命感で取組む」ほうが格段に上がる。

とは言え、部下側にこれと言った強い希望がない場合もある。心の内から「こうなりたい」と思う願望が湧き上がるには、時間を要することが多い。上司には、部下の気持ちに寄り添い、気づきを促し、キャリアに伴走する姿勢が求められる。その点からCDP面談では、

『今は・・(な)んだね。だったら、これから時間をかけて一緒に考えよう』

が決め言葉となる。・・には『~の希望を持っている』も『まだ具体的なイメージがない』も入り得る。大事な要素は「時間をかけて」と「一緒に」だ。

上司にとってもう一つ大事なのは、自分自身が自らのキャリアに想いを馳せることだ。会社や仕事やキャリアに対する自分なりの想いがなければ、部下のキャリアサポートは叶わないだろう。

それには、これまでの会社生活を振り返り、職業人として培ってきた自らの技量(Skill)と信条(Will)を棚卸する必要がある。そこから「自分は何のためにこの仕事をするのか、仕事をする上で自分が大切にしたいことは何なのか」が見えてくる。部下のキャリアサポートには、この種の内省と洞察が欠かせない。

制度は形だけ整えても、適切な運用が伴わなければ実効は上がらない。CDP面談も、単に(膨大な)時間を使って(多くの)部下との面談を繰り返すだけでなく、上司自身が、部下とともに、人として成長しながら運用知を高めていくことに、成否の鍵と価値がある。