知人から紹介され、同タイトルの本*を読んだ。人生後半どころか終盤にさしかかった身にとっても示唆に富む内容だ。「世俗的な成功に捕らわれた生き方を続けても、人生後半に本来の生きる意義は見出せない。我欲や執着を削り、人間関係を育み、他者に貢献し、精神生活を充実させる生き方へと転換すべし」が主メッセージだ。
会社生活で成功を収めた人が「人生通しで幸せ」とは限らない。むしろ組織の上に登りつめた人ほど、組織を離れた後の生活ギャップに苦しむことが多いという。『上り坂のときに人間関係を枯らしてしまうので、下り坂に入ったときに支えてくれる人がいない』からだと、本書は指摘する。
人生前半で発揮される能力を「流動性知能」、後半の能力を「結晶性知能」と呼ぶ。流動性知能とは、課題を解決したり、新たなアイディアを生んだりする知能のことで、社会の中でキャリアを成功に導く力と言っていい。一方、結晶性知能は、それまでの経験や学んだことの意味を深く知る知能を指す。自らの経験を他者や社会に伝え活かす力とも言える。
流動性知能は30代半ば頃をピークにその後は加齢とともに低下するが、結晶性知能は60代、70代になっても堅持されるとのことだ。この2つの知能曲線に会社人生とその後の生き方を重ねると、本書が指南する「人生後半の戦略」が見えてくる。曰く、「人生後半は、細りゆく流動性知能に執着することなく、経験知を他者と社会に活かす結晶性知能にもとづく生き方にシフトする」ことだ。
企業に勤める人たちの中には、50代半ばで役職定年を迎え、職場の最前線を離れる人もいるだろう。その後役職に残ったとしても60歳で定年。役員になればさらに数年第一線で働くことになるが、大半の人は再雇用制度で65歳(将来的には70歳)まで組織に順応した職業生活を送ることになる。好むと好まざると、これが今の日本の平均的な雇用環境だ。
この間、衰える流動性知能をフル回転するには無理がある。また、それでは満足する生活は送れないだろう。自らが納得し、目的と意義に根差した生活を送る要素は、役職でも、お金でも、ましてやそれらを人と比較することでもなかろう。経済的な安定は大前提だが、どこまでも地位やモノに執着していても、心の充足は得られない。
本書は問う、『お金、権力、名声、快楽など、死ぬまで足し算を続ける生き方をしますか?』 答えはあくまで個人に委ねられることだが、本書が掲げる「誠実さ・思いやり、相互の信頼関係、他者と社会への貢献」にヒントがありそうだ。
足すのではなく、逆に我が身から不要な我欲と世俗的執着を引き去ると、自分本来の姿が見えてくる。仏像彫刻家には、木片を手にした時点でそこに埋め込まれた仁王さまが見えるという。後は余計な部分を削り落とすだけだ。人生後半は素直な気持ちでノミを手に、心静かに己の本質を削り出す作業にあたる。そんな生き方に徹する意義を本書から学んだ。
*「人生後半の戦略書」(原題:From Strength to Strength: FINDING SUCCESS, HAPPINESS AND DEEP PURPOSE IN THE SECOND HALF OF LIFE)アーサー・C・ブルックス著 木村千里訳 SBクリエイティブ刊)