M4 「人を育てる人」を育てる


「松下電器は人をつくる会社です。ついでに電化製品も作っています」 こう語ったのは、現在のパナソニックの創業者松下幸之助さんだ。事業の本質は「人をつくる」こと。この認識は今の日本の企業経営者が改めて心すべきことに思える。

社会生活基盤が未完成だった「欠乏の時代」は、モノは作れば売れた。しかしこの整備が一巡した今は、これまで通りにモノを作るだけでは、更新や買換え需要には応えられても、新たな市場や産業は生まれてこない。充足社会の需要創出には、これまで出来なかったり諦めたりしていたことを可能とするイノベーションが不可欠だ。これはひとえに企業(供給側)の人材にかかっている。今は「人をつくらなければ、製品も作れない」時代だ。

イノベーションというと画期的な発明や開発力に目が行きがちだが、企業の開発現場でより深刻な課題は「人を束ねて結果を出す力の不足」だ。いくら画期的な技術やアイディアがあっても、それをすくい上げて製品やサービスにして事業を創り出せる人がいない。さらには、そのような試みを最後まで支援し、結果が出るまで見届ける人がいない。すなわち、人の潜在能力を信じ、長期にわたって人と事業を育てる力が不足しているのである。

人材育成においてリーダーが留意すべき点については、以前の留考録(M4 部下の育成のためにリーダー自身がココロすべき基本)にも記した。ここでは「人を育てるリーダー」をいかに育てるかについて、経営者(会社側)の視点から書き留めたい。

ポイントは、①遅くとも30歳までに部下を持たせる、②包括的なリーダー教育を施し、早くから「ロールモデル」としての自覚を促す、③小さなプロジェクトでも全責任と権限を持たせ、グループをまとめて結果を出す経験を積ませる、の3つだ。

    育成マインドをもったリーダーを育てるには、遅くても30歳までには部下を持たせることだ(今は大手企業を筆頭にこれが遅れがちだ)。異なる特性を持つメンバーをまとめてグループ全体の行動と結果に責任を持つことが、「人を介して結果を出す」意義と難しさを自覚させる。この経験は早いほどいい。これが対人関係力と人材育成力のベースとなる。

    人材育成に最もインパクトがあるのは「ロールモデル(お手本)」の存在だ。「将来あんな人になりたい」と思える人が職場にいるか否かで、職場の活力とメンバーの成長意欲は大きく変わる。プロスポーツ界でも明らかなように、スター的存在がいることで次世代の成長が促される。

   このためにはリーダー候補には、事業運営とリーダーシップに関する選抜トレーニングの機会を与え、早くから「ロールモデルとしての自覚を持たせる」ことだ。人から目標とされることが、自らを律するとともに部下育成マインドを育む。

    分業体制に埋没すると、自分の守備範囲外のことにはタッチせず、最終的な結果に誰も責任を取らない / 取れない体質を生む。このような状態からは、人材育成マインドは芽ばえにくい。

   リーダー候補には、小さなプロジェクトでもいいので、全ての責任と権限を与え、最初から最後まで人を率いてやり通す経験を積ませることが欠かせない。困難な局面から、プロジェクトの完遂に「最後まで頼るべきはメンバーの力」という自覚が生まれ、人材育成の本気度が増すだろう。

企業の社会使命は、製品やサービスの提供だけではない。共に働く仲間の潜在能力を開花させ、成長をサポートすることは、企業に課せられた重要な使命だ。

「我社は人をつくる会社です」と明言できる企業経営者が、今の日本に何人いるだろうか。イノベーションの創出も、産業再生も、国家経済の立て直しも、全てはこれにかかっている。


(関連留考録)M4 日本企業に眠る莫大な「埋蔵金」