M6 本を読む人、読まない人


SNSのお陰で我々は日々かつてないほど小まめに活字情報に触れるようになった。その一方で、本をじっくり読む人は少ないように思う。特に仕事に追われる会社のミドルは、よほど心していないと断片的な情報に埋もれるだけで、落ち着いて本を開く余裕はなさそうだ。

本を読むには、ある意味忍耐を伴う。読書は「著者の思考の道筋に自分の理解を沿わせる作業」ゆえ、脳にとってはストレッチ活動とも言える。肉体的なストレッチ運動が硬い身体をほぐすように、定期的な読書は脳をストレッチして活性化する。

したがって「本を読む人」と「読まない人」では、思考力に差が出て当然である。仮に一週間に一冊の読書習慣があれば、年間50冊、入社して管理職になるまでの約20年間で1,000冊の読書経験となる。本の内容如何に関わらず、「読まない人」とは、知識だけでなく、考える力に決定的な差を生むだろう。

そもそも、なぜ本を読むのか? 純粋に「本が好き」という人もいるだろう。しかしそんな読書であっても、根底にある二つの意義(あるいは効用)に目を向けたい。一つは「人生を豊かにする」こと、もう一つは「社会に参画する力を養う」ことである。特に経営リーダーにとっては後者が大事だ。

人ひとりが一生で経験できることには限りがある。人生を幅広く、かつ、有意義に生きようと思えば、自分以外の人の経験や考えから学ぶことが欠かせない。他者の経験と英知に触れることによって、心の奥底に潜む自分がまだ気づいていない自分と出会ったり、これまでの自分の経験や知識を概念化したりすることが自らの成長を促す。我々は本を通じて「今と、ここと、自分」以外の世界を知ることで、限られた人生をより豊かにする。

さらに読書は、社会に参画する上で欠かせない「考える力」と「表明する勇気」を育てる。民主主義の世では、構成員ひとり一人が自分で考え、自らの意見を持ち、社会に参画することが求められる。日本人は欧米人と異なり、自力で民主主義を勝ち取った歴史を持たないことから、「社会への参画意識」と「自らの立ち位置を決める力」が相対的に弱いように感じる。

職場でも同じだ。特に経営リーダーは、だれかが決めたことにただ従うのではなく、自ら考え、意思を表明し、より良い結果を導き出す責務をもつ。これには事業の専門知識のみならず、幅広い見識と柔軟な思考力が要る。読書はそれを培う格好の手立てであり、「本を読む」ことによってのみ得られる能力開発域があるように思う。

とは言っても、本を読む習慣にない人にとっては、取り掛かりが難しいだろう。そこで私が推奨するのが、親しい者同士で同じ本を読むことだ。ネット上には一般読者による評点やコメントが満載だが、自分が直接知る人、特に親しい間柄の人からの推薦図書は一味違う。

読後、感想を話し合うことで内容の理解が深まると同時に、その人がどういう点にどんな感じ方をしたのか、自分の捉え方とどう違うのかなど、相手の新たな面を知るきっかけにも、自分自身を客観的に捉える機会にもなる。さらに本の中のキーワードを共通言語として持つことで、意思疎通も図りやすくなるだろう。特に職場の仲間同士での読書共有は、この効用が大きい。

もし、現在あなたが一定量の本を読む習慣にないのなら、ぜひこれを機に「本を読む人」への仲間入りを果たして欲しい。今後、本留考録でも折に触れて良書を紹介したい。本を通して各人のネットワークに広がりと厚みが増すことを願っている。