M10 生成 AI(2)知能増強(IA)マシーンの本領


IAIntelligence Augmentation)とは知能増強、AI を外づけの知能として人間の能力を拡張することだ。ChatGPT が世に出て、AI に自然言語でアクセスでき、かつ、これまでのような検索作業も不要、即座に返答が得られることから、AI は極めて便利な道具を超えて「超優秀なアシスタント的存在」に昇格した。

しかもこのアシスタントは、膨大な情報(パラメータ)を貯め込んでいる。今後職場では、専門知識を必要としない定型ジョブや文書主体のホワイトカラージョブは、大半がAIに置き換わるだろう。さらに専門職であっても、法務や経理のようなルールに則った業務の単純作業部分は、AIで済む。開発や設計業務でも、製品コンセプト、用途、仕様、規格などの条件を与えれば、AI がたたき台を出すようになるだろう。

直近に起こる変化として、今使っているマイクロソフトのワードやエクセル、パワーポイントに生成 AI が載ることをイメージすると分かり易いと思う。PC に話しかければ、即結果(の AI 案)が出る。今後、人間社会の仕事のあり方は劇的に変わるだろう。

このような変化の中で、AI が人間に置き換わる側面だけに目を奪われず、人間が持ち得ない能力の増強(IA)に注目すべきだ。例えば、①人間の五感の感度を超えた社会行動を可能とする、②人間には特定できない社会・自然現象の機序を明らかにする、③人間の経験知を集積した最強の「壁打ち」相手となる、などだ。このようなことこそ、AI の本領発揮領域と言える。各々について補足したい。

① 五感感度を超えた社会行動
AI によるヒューマンエラーの制御は、自動車の衝突防止装置でも実証済みだ。センサー技術の向上と相まって、今や人間の視力より AI の画像認識力の方が遥かに勝っている。これを使った顔認証や、さらには動作映像の分析による不審者の特定などは既知のことだろう。

聴覚も同じだ。かつてはデジタル変換した音楽はどこか不自然に感じたが、今や標本化も量子化も限りなく細分され、人間の耳では判別できないレベルに達している。これにより特定の人間の声色(物まね)はほぼ完ぺきに出来るので、自分の声を使って日本語の会話を外国語に変換することも可能だ。しかも最新の AI なら模倣は瞬時に出来る。

スタンフォード大学のコンピューターサイエンスラボでは、マジックハンドを介して接触表面の細やかな粗度(滑らかさ)を感じるデモを行っていた。単なる人の置き換えに留まらず、デジタル制御によって、遠隔からの手術や人間が近づけない危険区域での作業などは、今後さらに精度を増すだろう。

② 社会・自然現象の機序の解明
人間の社会活動は、通常、無数の要素が絡み合って、原因と結果が一対一には掴みにくい。企業経営でも「このような状況には、この手を打てば上手く行く」といった汎用経験知は得にくいのが現実だ。

しかし、AI なら膨大な情報から LLM(大規模言語モデル)により、人間には特定し難い社会現象の機序を探索できる。様々な社会活動の結果に結びつく「鍵となる行動指標(KPI )」が特定できれば、社会効率は飛躍的に上がるだろう。地球温暖化対策や創薬の研究開発など、多くの領域での取組みが加速する。

③ 経験知の壁打ち相手
膨大な過去のデータ(経験)を蓄積する AI と応接することは、これまでの人間の英知を相手に「壁打ち」しているようなものだ。将棋の藤井聡太さんが好例だ。AI は大山、中原、羽生名人など歴代の鬼才の全対戦譜表を暗記する史上最強の棋士と言える。

藤井さんが AI を相手にトレーニングする際は、人工知能に勝つか負けるかではなく、これまでの人間の全経験知を超えた創造力(一手)を試しているとも言える。しかも、もし AI に勝てば、AI がその手も学ぶので、常に自己改革が求められる。

これこそ人類史上最強のトレーニング方法で、AI なくしては得られない設定である。AI と人間のこの種のせめぎ合いが、他の領域においても人間の能力開発を大きく推し進めるだろう。当然、教育のあり方も変わる。


生成 AI の社会実装は緒についたばかりだが、これから職場においても広範な分野に影響が及ぶことは必至だ。我々は後戻りできない社会のパラダイムシフトに直面している。しかもこのシフトは巨大かつ急速な津波級だ。
企業経営者は、この事態に悠長に構えてはならない。