M0 「無理だと思ったら、そこが限界」なのか?


「アリアドネの声」(井上真偽 著)という小説を読んだ。地下に造られたスマートシティが震災に見まわれ、最新鋭のドローンが人命救助に向かう。それを操る主人公は、幼い頃兄を水難事故で失い、その経緯から心に傷を抱える。

兄が死の直前に言った「無理だと思ったら、そこが限界」の一言を鍵に物語が綴られる。スマートシティ、ドローン、ローカル通信ネットワークなど、現代社会を織りなす要素とともに一進一退で進む救出劇。最後の最後に謎が解けるストーリー展開に思わず息をのむ。細切れの時間をつないでもサクサク読める平易な文体も、人気の所以(ゆえん)だろう。

本書をきっかけに「無理だと思ったら、そこが限界」について考える機会を得た。確かに、無理だと思うことを無理やりやっても、上手く行かないことは多い。一方で、それを乗り越えてこそ、発展や成長があるとの見方もあるだろう。「限界を知る」とは、どういうことなのか。

企業経営においては、トップは常に二つの限界を認識しておく必要がある。一つは、会社(社員)の力量の限界だ。これに無頓着だと、事業は大きなトラブルに巻き込まれかねない。

初めての顧客からの受注案件や未経験の国でのプロジェクトでは、経験知がないだけに、トラブルが発生しやすい。成功には、入念な準備とともに、事前に自社の実力の見極めが不可欠だ。また、経営トップが、自社の実力を顧みず、自らの独善的な願望から過大な目標(売上や利益など)を現場に強いれば、部下は行き場を失う。近年の企業不祥事の検証から、これが不正行為の一因となることも指摘されている。

もう一つは、経営トップが自分自身の限界と特性を自覚しておくことだ。「会社の大きさは、社長の器以上にはならない」と言われるが、トップといえども力量には限界がある。

平時の事業はつつがなく舵取り出来ても、事業改革には見識がない。将来ビジョンは描けても、事業を育てることは不得手。論理思考は得意でも、人への配慮に欠けるなど、自分ではそれなりに出来ていると思っていても、往々にして現実とは乖離していることが多い。その点から、トップには他者からの箴言(しんげん)に耳を傾ける度量と、自分を諫(いさ)めてくれる第三者の存在が欠かせない。

限界を感じた際、それを無理やり乗り切ろうとするのではなく、状況を冷静に判断した上で、いかに自らの成長につなげられるかを追及する姿勢が大事だ。冒頭の小説には、重度の身体障害を抱える女性が登場する。物語の後半で、彼女がこんな趣旨のことを言う場面がある。

“人にはそれぞれ、限界がある。だから私は「無理だ」と思ったら、もっと自分に「できそう」なことを見つけて、それを目標にする。「無理」から「できそう」に、「できそう」から「できる」に、そうやって成長の階段を上って自分の可能性を広げていく。自らの成長を楽しみながら。”

職場においても、トップからボトムまでこの姿勢を堅持出来れば、職場は「できる」の集積場となり、会社はより多くの限界を超えられるようになるだろう。それを促しサポートするのは、経営トップの重要な役割だ。

「限界を知ることで成長が促され、成長を楽しむ心が、限界を超える力を養う。」 改めて心に留めたい。



(推薦図書)アリアドネの声 井上真偽著 幻冬舎刊