大手企業の中には、複数の異なる領域の事業を抱えるコングロマリット(複合企業)と呼ばれる形態の企業がある。社会ニーズの変化と事業の拡大に伴って多角化が進むと、このような形態になる。ここで課題となるのが、コングロマリット・ディスカウントと呼ばれる現象だ。
コングロマリット・ディスカウントとは、「企業全体の価値が、その企業が持つ各事業の価値の合計より低くなる現象」を指す。一企業が複数の事業を抱えることのメリットが見えず、逆にデメリットの方が大きいと判断されると、このようなことが起こり得る。投資家にとっては、コングロマリットに投資するより、それぞれの事業領域で有望な会社を自ら選択し、最適な組み合わせ(ポートフォーリオ)で投資する方がリターンが大きいと考えるからだ。
これを回避し、逆にコングロマリットの優位性(プレミアム)を生むには、事業部間で相乗効果(シナジー)を創出する必要がある。これには市場や技術等の上で何らかの共通性や補完性があることが大前提となる。これがない場合は、間接部門の集約等により部分的な効率化は図れても、大きな付加的メリットは生み出し難い。M&Aを駆使してでも、事業ポートフォーリオの組換えが望まれる。
仮に、何らかの共通性や補完性があっても、事業部を横断して戦略を最適化できないとシナジーは得られない。現場では同一顧客に複数の事業部から営業マンが個別に出向いたり、類似の研究開発テーマが取り上げられたりし兼ねない。
コングロマリットにおいてディスカウントと共に留意すべきは、全社の求心力の低下だ。事業部単位で収益活動が完結すれば、他事業部と情報を共有したり、協調したりする動機は働きにくい。場合によっては、事業部Aの製品(部品やコンポーネント)が事業部Bの製品(装置やシステム)の戦略的差別化要素になっていても、事業部Aは事業部Bの競合相手にも同製品を販売するといったことが起こり得る。
これが常態化すると、同じ企業傘下にあっても事業部ごとに異なる業務形態や文化となり、社員はあたかも別会社で働いている感覚になる。ある事業が経験した成功や失敗の教訓を他事業に活かす(水平展開する)ことも複数の事業を持つ強みだが、これを活かし切っているコングロマリットも少ないように思える。
これらを避け、事業部間のシナジーを最大化し、全社で整合した事業戦略の下に求心力を高めるには、コングロマリットの経営トップ自身が率先して改革をリードする必要がある。
これらを事業部長の合議に委ねても上手くは行かない。職責上、彼らにはこれらに対する積極的な動機が働かないからだ。場合によっては、全社メリットを優先することで自部門の活動が制限されることもあり得る。コングロマリットにおける事業部横断課題には、トップ自身が手を染めなければ、誰も火中の栗を拾わず、放置されることになり兼ねない。
この際重要となるのは、事業部横断人事だ。コングロマリットでは事業部をまたいだ人事異動(ローテーション)が滞りがちだ。このことが、事業部間シナジーの創出、ベストプラクティスの水平展開、業種や製品に依らない普遍的な事業運営力を持つ人材の育成など、コングロマリットが本来持つべき強みの発揮を阻害している。
事業部内で人材が滞留すれば、シナジーを生むアイディアさえも浮かびにくいだろう。コングロマリットの人事は、事業部人事と事業部横断人事の所掌を分けて、後者は全社視点から戦略的に取組むことが鉄則だ。
コングロマリットのシナジーと求心力創出の鍵は、経営トップのハンズオンのリーダーシップと事業部横断人事が握っている。