M6 転職するなら、キャリアの大きなストーリーを描く


「実は、会社を辞めようと思っているんですけど・・」最近、転職相談を受けることが多い。相談者の年代は 30代からオーバー50 まで。特徴的なのは、以前はヘッドハンティングによるエグゼクティブクラスに限られた 50歳以上の転職機会が増えていることだ。

個々の職場の事情は別として、50 歳を超えてからの転職がタブー視されなくなった背景には、大手企業を筆頭に、役職定年後の社員や定年退職後に再雇用される社員の処遇と職場環境が適切に設定されておらず、社員側に潜在的な不満と不安があること、これに呼応するように、この年代をターゲットとした転職エイジェントの活動が活発になっていることがある。

年代によらず、転職を考えるのは、今の職場や会社にそれだけの不満があるからだろう。場合によっては「もうやっていられない!」という切羽詰まった状況にあるかもしれない。今なら、転職エイジェントにコンタクトし、彼らの助けを借りて履歴書の体裁を整え、希望する条件を伝えれば、複数の転職先候補が示されるだろう。ここまでは比較的容易に進む。

その後、候補リストの中からアプローチする会社を選び、採用面接を受ける段階で、改めて不安と戸惑いが生じがちだ。「本当に転職しても大丈夫なのか、この会社でいいのか?」 私にくる相談もこの種のものが多い。そこに至るまで熟慮のことなら、転職する / しないも含め、基本は自分を信じて前に進めばよい。ただし一つ大事なことに注意が必要だ。「自分は最終的にどんな職業人生を望んでいるのか?」 この問いへの深い洞察である。

転職エイジェントとのやり取りの過程で、これを考える機会もあるだろう。しかし、現状への不満や苦悩が大きいほど、提示された転職先候補の中での良し悪しに目が奪われがちだ。新たな転職先が今の職場より良いという保証は必ずしもない。これまで見てきた数多くの事例では、今の職場の排斥力だけで転職を決めると上手くいかない場合が多い。転職のハードルは、この排斥力に加え「この方向に進みたい」という自らのキャリアへの強い吸引力があって、初めて上手く超えられる。

そのためには一度立ち止まって、「自分のキャリアの大きなストーリーを描く」必要がある。職業人生を歩む上では当然のことなのだが、新卒一括採用、年功序列キャリアの途にある日本の会社員には、これが苦手だ。

一定年月以上の職務経験があれば、それまでの職歴の中で、嬉しかったこと、辛かったこと、やりがいや成長を感じたこと、逆に苦い経験としてだけ残ったことなど、いくつもの山谷があると思う。それをもとに「キャリアの大きなストーリー」を描く。すなわち「これまでの会社生活を総括した上で、今後はどんな職業人生を送り、将来振り返った時、どんな人生だったら納得がいくのか?」を内省することだ。一般に転職エイジェントは転職者の「強みの特定」には協力的だが、個々の「人生に寄り添う」ことまでは手が回らない。

ここに焦点を合わせると、履歴書の書き方にも方向性が生まれ、自分が身を置きたい職場の様相もハッキリしてくる。採用面接が順調に進んだら、逆にこちらから、経営陣や入社後一緒に働く同僚 / 部下となる人たちとの面談を希望するといいだろう。転職先を決める上での大事な要素となる。

勿論、今後のキャリアを心に描いたからと言って、その通りに行くとは限らない。それでも「人生の転機では、自分が何を望んで、どう意思決定したかを明確に意識しておく」ことが大事だ。この繰り返しが、自らの人生を自らの意志で歩む大きな糧となる。

職場環境から転職を考えざるを得ないことは、残念ではあるが、同時に自分自身を見つめ直す絶好の機会ともなる。仮に 50 代で転職しても、今やまだ 20 年近くある職業人生だ。「キャリアの大きなストーリーを描いてみる」ことをお薦めする。