M10 「経営リーダーのための社会システム論」



現代の私たちは、
SNSやインターネット、さらには生成AIといったデジタルシステムなしには生活が成り立たなくなっている。これらは安全・快適・便利さをもたらす一方で、人間をシステムの一部として取り込み、存在のあり方そのものを変えてしまう危うさをはらむ。このことに強い警鐘を鳴らすのが、宮台真司・野田智義両氏による書籍『経営リーダーのための社会システム論』(光文社刊)である。

本書が伝える問題認識はこうだ。システムに取り込まれた人間は、個性を失い、取り替え可能な部品になったような感覚に陥る。人間同士の関係が希薄になり、「誰が自分を自分として認めてくれるのか」、「自分はいったい何者なのか」といった不安がつきまとう。他者に助けられる経験が減り、やがて互いを尊重する倫理意識も弱まる。仲間意識や共同体感覚が薄れ、富の再配分への合意形成も難しくなる。その結果「信頼ベースの社会」から「不信ベースの社会」へと変容し、格差や分断が深まっていく。

こうした認識を軸に、本書は、全域化したシステム世界をどう生きるか、そもそも「良い社会」とはどんな社会かを考察し、私たち個々人は自分自身をどう捉え、どう行動すべきかを問いかける。本書の論点は哲学的・社会学的であるが、単なる抽象論にとどまらず、企業経営や組織リーダーシップに直結する示唆を与えてくれる。

例えば職場においても、効率や合理性を最優先するあまり、人間関係が形式的・機能的なものに矮小化されがちだ。目標管理システムや評価制度が過度に機械的に運用されれば、社員は「取り替え可能な部品」として扱われていると感じ、職場への信頼を失う。加えて、業績数値至上主義が不適切な組織パワーによってドライブされれば、人と人とのつながりを崩壊しかねない。協力よりも防御が優先され、職場の空気は閉塞感に包まれる。これはまさに社会全体で指摘される「不信ベース」の縮図である。

逆にリーダーが人と人との関係を尊重し、共感や信頼に基づく組織風土を育むことができれば、職場はシステムに支配されるのではなく、システムを活用する場へと変わる。AIやデジタルツールが進化すればするほど、それらをどう使うかを決める人間の判断力と倫理観が重要となる。今リーダーには、効率だけでなく、「人が人として認められる」社会基盤をどう構築するかが問われている。

この観点に立てば、経営リーダーにとって必要なのは単なる制度の策定・運用能力ではない。人間同士のつながりを再構築する力であり、組織の中に「信頼ベースのコミュニティ」を築く力である。システムが人を従属させるのではなく、人がシステムを道具として使いこなす。その転換を実現するために、自らの価値観と行動様式を問い直し、仲間と共に、全域化したシステム世界をより良い人間社会に変革するリーダーこそ、次世代のロールモデルと言える。

『経営リーダーのための社会システム論』は、現代を生きる私たちに、システムと人間の関係を基本から問い直させる一冊である。社会の未来を考えるだけでなく、日々の経営判断やリーダーシップの実践に直結する示唆が詰まっている。経営に携わる人、組織を導く立場にある人には、ぜひ手に取ってもらいたい。

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