朝、ドリンクを注文すると厚切りトーストとゆで卵が無料でついてくるコメダ珈琲のモーニングサービス。長居ができる山荘風の店内とともに人気の理由だ。そしてもう一つ、密かに支持を集めているのが「ゆで卵の殻がスルッとむける」こと。ほんの小さなことだが、一日のスタートが順調に切れたような気分にさせてくれる。
コメダのゆで卵が上手くむけるのには理由がある。手順は公にされていないが、店員さんとのトークによると、おおよそこうだ。「卵を清水に入れ、お湯が煮立ったら3分ほどで火を止め、そのまま10分間放置する。その後は湯から取り出し、常温で冷ます」。急冷しないため卵膜が縮まず、殻がきれいにはがれるという。しかも出されたときに、まだ温かい。試しに自分でもやってみると、確かにスルッとむける。
決して難しい調理ではない。しかしこれを全国1,000店以上、フランチャイズ中心で、総勢1,700名のパート社員を抱える大所帯が、どこでも同品質で再現している点にこそコメダのすごさがある。簡単そうに見える工程を、誰がやっても同じレベルで実行し続ける──企業経営においては、これが基本にして、実は難題だ。
実際、私にもこんな経験がある。かつて事業部長として、製品検査の手順を統一するプロジェクトを進めたことがあった。手順書はすでに整備され、内容も難しくない。それでも現場で実際の作業を観察すると、担当者によって方法が微妙に違う。チェックの順番を自己流で変えたり、測定の基準を経験則で補ってしまったりする。本人たちは「理解しています」と言うのだが、品質のばらつきや手戻りは一向に改善しない。
原因を見極めるため、一人ひとりにヒアリングすると、「なぜこの順番で行うのか」、「なぜこの手順を飛ばしてはいけないのか」といった理由の理解が曖昧なことが分かった。つまり、手順を覚えるだけでは、人は徹底できない。目的と背景が腑に落ちてこそ、行動はブレずに再現される。この経験から、単純なオペレーションを組織として維持することの難しさを痛感した。
その視点で改めてコメダを見ると、ゆで卵一つにも、組織運営の本質が凝縮されているように思える。ゆで卵がきれいにむけるには、全店舗を対象に、①調理手順のマニュアル化、②トレーニングによる実践の徹底、③品質チェックにもとづく定期的なレビューという三つの仕組みが必要だ。そしてもう一つ、何よりも重要なのは、「なぜ、ゆで卵にこだわるのか」という「意味づけの共有」である。
コメダが大切にしている経営理念は、「『くつろぐ、いちばんいいところ』を共創する」こと。店内のしつらえ、店員の接客態度、コーヒーの味とともに、ゆで卵の殻がスルッとむけるというちょっとした快適さは、この理念と強く結びついている。意味が腑に落ちているからこそ、従業員が自分の仕事を「顧客体験をつくる行為」として理解し、自発的に品質を守ろうとする。理念とオペレーションがつながって初めて、日々の行動が企業活動として生きてくる。
朝、ロッジのような店内でテーブルに着き、モーニングサービスで出て来たゆで卵の殻がスルッとむけたとき、お客は無意識のうちにも小さな快感を覚える。しかしその背後には、組織としての理念の浸透と従業員の努力が隠されている。「スルッとむけるゆで卵」は、コメダが創り出す『くつろぎ』の象徴とも言える。

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