トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を掲げ、関税を武器に他国との関係を自国に有利な形へと組み替える行動に出てから一年が経つ。かつて世界秩序の中心に立ち、国際協調を主導してきた米国が、なりふり構わず自国の利益を最優先する姿に、違和感や戸惑いを覚える人は少なくないだろう。
もっとも、不安が高まれば、人は誰しも「自分たちを守る」方向に傾く。問題は、自国ファーストそのものではない。「自分たち=We」をどこまでと捉えて、どのように対応するかである。
世界中からの移民によって成り立つ米国の大統領が言う「自国」とは、いったい何を指すのか。こんな時、しばしば「愛国心」という言葉が持ち出されるが、その正体は必ずしも明確ではない。昭和の歌人であり劇作家の寺山修司は「身捨つるほどの祖国はありや」と問うた。現時点においても国家間の紛争は絶えないが、国や民族を単位とする国民国家という枠組みが、グローバル化した現代において、次第に現実と噛み合わなくなってきているようにも感じる。
私が長年身を置いた多国籍企業は、国民国家を超えた一つのコミュニティだった。そこでは国籍による境界線よりも、同業他社、すなわち競合との間に引かれる境界線の方がはるかに鮮明だった。誰が「内」で、誰が「外」なのかは、感情や出自ではなく、事業という枠組みによって決まっていた。
さらに、近年のSNSの普及により、情報は一瞬にして国境を越える。世界は地理的に分断されていても、サイバー空間では密接につながっている。私たちは今、「We」を広げることが驚くほど容易な時代に生きている。
それでも身の安全が脅かされれば、人は「自分ファースト」にならざるを得ない。さらに、自己の安全や優位性を確保するために、他者を制圧しようとする行動が表出する可能性も否定できない。だからこそ、人間にはもう一つ、他の生物にはない天賦の才が与えられている。それが理性だ。
理性とは単なる道徳心ではない。長期的に自らが生き延びるための冷静な判断力であり、他者との共存を前提に自らの行動を制御する、人間固有の生物学的特性である。この理性が導く人間社会の鉄則は、実にシンプルだ。
① 「弱い者いじめをしない」:他者の安全を脅かさない。力ある者は、独りよがりな征服欲を自制する。
② 「困っている人を助ける」:恵まれない立場にある他者には、支援の手を差し伸べる。
帝国主義が歴史上、最終的には行き詰まりを繰り返してきたのは、これらを踏み外した結果にほかならない。
この構図は、職場でもそのまま当てはまる。権力を持った者が周囲を顧みず、個人的な利得のみに執着すれば、組織に不協和音を生み全体の力を削いでしまう。自部門の成果を上げるためだけに人材と資金を囲い込めば、サポートすべき他部門への支援が滞る。「We」を自分や自部門に狭めた瞬間、組織は内部から弱っていく。
さらに、経営リーダーであれば、顧客やサプライヤー、競合他社を含めた「We」を心に留めておくことが大事だ。企業の競争の目的は、相手を打ち負かすことではない。競争相手の立ち居振る舞いを知ることで自らの姿勢を正し、さらに自己を磨くことにある。その根底には、競合他社を含め、事業にかかわる全ての関係者と共により良い社会を希求する「人間社会としてのWe」の存在がある。
国家も企業組織も、これを率いるリーダーは、常に自らの「We」の範囲と向き合うことになる。「Weをどこまで広げられるか」それは理想論でも道徳論でもなく、人間社会が共存共栄の道を進むための、最も現実的な掟なのである。

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