M10 社会に出る前からの経営力養成―東大での経営塾


 
経営力はいつかから鍛えるべきものなのだろうか。私は、社会に出る前からでも鍛え始めるべきものだと考えている。社会を歩む上での「道しるべ」となる糧は、卒業直後の人生から活かされるからである。実際、社会に出てから初めて経営力について学ぶ人と、学生時代から部活動やアルバイトなどを通して、「人とともに成果を生み出すとはどういうことか」を考えてきた人とでは、その後の社会人としての成長に大きな差があるように感じる。学ぶべき内容と教材には工夫を要するが、経営力を鍛えるスタートは早ければ早いほど良いように思う。


実際、私は二〇一四年から四年間ほど、東京大学大学院の未来医療研究人材養成拠点にて、「医療総合マネジメント」の授業を担当した。対象は、研修医と医・工・薬学系を中心とする大学院生、医学部の5,6年生で、将来、医療分野で活躍することを目指す若者たちだった。


本養成拠点の目的は、医・工・薬の学術領域を横断した教育の場を提供することにより、イノベーションの起点となるような傑出した人材を輩出することにあった。しかし、学際的な集団を率いて結果を出すには、専門知識だけでは不十分である。異なる専門性を持つ人々を束ね、対話し、方向性を示しながら前に進める力――すなわちマネジメント力が不可欠との認識から、このコースは設けられた。

学習内容は、医療分野のケーススタディを中心としながらも、本質的には、社会の中で人と協働し、価値を生み出す力をどう養うかというテーマに基づいていた。年間二六回の授業からなるコースでは、弘下村塾で扱っている六領域を「考」「解」「財」「仲」「通」「志」と銘打って、社会経験のない人たちにも理解できるよう再構成し、さらに、実社会で活躍する多様な実務家を招き、現実の課題や葛藤を語ってもらう場を設けた。

毎回の講義後、受講生から寄せられる感想は、私にとって非常に印象深いものだった。「研究だけでは見えていなかった社会とのつながりを感じた」「将来、自分がどんな形で社会に貢献したいのかを初めて真剣に考えた」「専門性だけでは、人は動かないことが分かった」。こうした言葉の端々から、彼らが単に知識を学んでいたのではなく、「社会に出て、自らの手で未来を切り拓きたい」という強い意欲を抱いていることが伝わってきた。


私は、この講義を通して、若い世代が決して受け身なのではないことを強く感じた。むしろ、自分の専門性を社会にどう役立てればよいのか、本気で考える機会を求めていたのである。このことは、企業が採用する新卒学生の入社後の育成とキャリアプランにもっと
考慮されるべきだろう。

本来、若い世代には、自ら考え、挑戦し、社会に貢献したいという力が備わっている。しかし現在の日本では、その力を体系的に育てる機会が十分とは言えない。日本の就職活動では、アルバイトやクラブ活動での経験が重視されることが多い。一方で、大学教育そのものが、「社会の中でどう価値を生み出すか」という視点を十分に扱えているとは言い難い。もし大学がその役割を果たさず、企業側も学業そのものより学外活動の経験の方に評価の重きを置くのであれば、何のための高等教育なのか分からなくなる。


経営力養成のための教育は、一部の経営幹部を育てるためだけのものではない。本気で社会を生き、自らの力で人生を切り拓いていくための素養として、本来は学生時代から学びの場を提供すべきものだと思う。

コメント