M4 信頼される上司にある1つの要件


上司としての基本スキルが身についた後、さらに部下から「信頼される上司」になるには、どんな力量が求められるのだろう。これには明らかな要件が一つある。私自身の会社人生からも、経営塾を通して知り会う多くの人たちとの交流を通しても、これにはほぼ間違いないと確信している。ズバリ「育成マインド」だ。

いくら問題解決能力が高くても、意思決定が速くても、それだけでは(部下から尊敬はされても)部下との血のかよった深い信頼関係は築けない。部下を思い、部下の成長をサポートする「育成マインド」が必要不可欠だ。

部下育成は、表面的なテクニックやスキルだけで成せるものではない。人を育成しようと思えば、自己を律する確固たる育成マインドが必要だ。角界で名大関として知られた初代貴ノ花は、弟子の育成は「一に我慢、二に我慢、三、四がなくて、五に我慢だ」と語った。弟子の成長や偉業に歓喜する日を迎えるには、自らに課すべき心構えがあることを伝えるものだ。

これまでに、自分には到底無理だと思うことを「誰か」のアドバイスや励ましによって成し得たことはないだろうか。人は、時として、自分以上に自分を信じてくれる人の存在によって、自らの殻を破って大きく成長する。その「誰か」の役割を担うのは、確固たる育成マインドを持ち、対人関係において自己を統御できるメンター的存在だ。

しかし残念ながら、このような上司は希少だ。人材育成を企業発展の礎と捉え、これを自らの使命とする経営リーダーも必ずしも多いとは言えない。日本の職場は総体として人材育成モードになり切れていないのが実情だ。

以前、ジェンツーペンギンの生態を伝えるテレビ番組を観たことがある。ペンギンが子を産み育てるのは、海の天敵を避けた海岸から1キロほど離れた陸地。しかし、そこはカモメやカラスなどの空からの脅威にさらされる。1組のつがいに産れるヒナは通常2羽。親にとって難儀なのは、天敵に加えて、子に餌を運ぶことだ。

親は海で餌をとると、それをくわえて1キロの距離を全速力で走って巣にもどる。脚が短く体の小さなジェンツーペンギンには、過酷な道のりだ。巣では、待ち受ける子供からわざと逃げ回る。子に走る力をつけさせるためだ。子供の走力には差がある。速い方のヒナが先に餌にありつくが、親は遅れて来るヒナのために、喉の奥に餌を残している。こうして子供たちは走ることを学び、いつの日か親とともに長い道のりを走って海へと向かう。次世代を育てる情熱と叡智は、生き物に授かった普遍的な本能だ。

人間社会における次世代育成も本質は同じだ。経験を伝承し、人を育てるマインドと具体的な育成行動が図られれば、会社も社会も持続的に発展するだろう。

「人を思い、人の可能性を信じ、人の成長をサポートする」ことが出来て、リーダーは完成域に達し、企業は持続的な発展の基盤を得る。日本の企業経営者は「人を育てる」ことにもっと真剣であるべきと強く思う。


(関連留考録)M4 あなたの部下は育っていますか?