M6 事業活動はミッションドリブン

 


去る(2022 年)4月23日に発生した知床遊覧船の沈没は、不可抗力や不慮の事故ではなく、運航会社の企業行動から起こるべくして起こった事件だ。死者14名、行方不明者12名の尊い命の代償は、あまりにも無念でならない。

人命にかかわる重大事件にかかわらず、企業社会では大小のさまざまな不祥事が毎年起きている。電機メーカの検査不正、食品会社の産地偽装、電力会社の収賄、自動車メーカの燃費改ざんなどは記憶に新しいだろう。不祥事が起きるたびに深々と頭を下げる代表者の姿も見慣れたシーンとなった。「こんな企業社会を次世代に引き継ぐわけには絶対にいかない」と、忸怩(じくじ)たる思いに駆られる。

業界や事件の経緯は違っても、企業不祥事の根底には共通の要因がある。「事業収益に対する考えのズレ」である。「事業目的のズレ」と言い換えてもいい。企業が不祥事を起こす時には、本来提供すべき製品やサービスの質を損なっても、さらには法令を逸脱してまでも、売上や利益を上げよう(あるいは、見せかけよう)とする誤った動機が働く。

「売上・利益を上げることを事業目的」と考えると、事業活動による製品やサービスの提供はそのための「手段」となる。一方「社会に望まれる製品やサービス(社会的価値)の提供そのものを事業目的」と考えると、売上や利益はそれに伴う「結果」となる。製品やサービスの提供はそのまま売上と利益に直結するので、表面上この二つの違いは見えにくい。

しかし、事業活動はあくまで後者「社会的価値の提供が目的、売上・利益はその結果」が鉄則。これが弘下村塾が堅持するスタンスだ。この鉄則に立てば、事業運営の主要5要素の優先順位、

安全>法令>品質>納期>コスト(利益)

も明白だ。品質を疎(おろそ)かにして納期を優先したり、法令を遵守せずに品質を落としたりすることはありえない。安全や法令を度外視して利益を上げようとしても、結局は破綻をきたす。知床遊覧船事件はこれを逸脱した典型例と言える。

事件の再発防止には、新たなルールや罰則の強化も必要となろう。しかし、より根本的には、経営者を筆頭に全ての企業人が上記の鉄則を胆に銘じ、売上・利益以前に(売上・利益を上げるためにも)自社のミッション(使命)となる「この事業によって、社会にどのような価値を提供するのか」を明確にし、それに意識と活動を集中することだ。

「さあ、今日も会社のROS(売上高利益率)を上げるぞ!」と言って社員が鼓舞(こぶ)されるわけではない。職場で上司が部下へ伝えるべきは、ストレッチした業績目標より、「今の仕事が社会とどう結びついて、誰をどのように喜ばせたいのか」、「そのためには自部門と自分は何に注力すべきなのか」の方だ。

事業に対して健全な内発的動機を得るには、自分と自分の会社が創出する社会的価値の理解が欠かせない。分業で成り立つ会社組織にドップリ浸かっていると、この理解が疎かになりがちだ。

事業活動はミッションドリブン。職場全体がミッションによって動機づけられていれば、企業が不祥事を起こすことはないだろう。事業使命を心の中心に持ち、正々堂々と事業を率いる次世代経営リーダーが一人でも多く出現することを願って止まない。


(参考)関連留考録:M4 「お金」と「時間」と「仕事」の関係

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