「会して議せず、議せずして決せず、決せずして行わず、行わずして責を取らず」日本の職場のこんな風土にはこれまでも触れた。今回は「なぜ『決する』ことができないのか?」を考えたい。
物事を「決する」プロセスを、①「状況を判断」し、②「行動を選択」する2つのステップに分けてみる。「決する」とは最終的には「選択」を意味するが、①での状況認識が甘かったり、整理できていなかったりすれば、選択を誤ったり、選択そのものが出来なかったりする。個人的な経験からは、意思決定が上手くいかない理由は、往々にして①に原因があるように思える。
状況判断で重視すべきは、「事実(Fact)の認識」だ。これまでにも幾度となく触れたが、Factに基づかない議論や意思決定は空論に陥りやすい。先ずは出来る限りFactに基づく。もちろん、判断に必要な全てのFactが集まることは稀であり、収集にかける時間にも制約はあるだろう。
しかし、日本の職場はこれに十分な時間をかけずに、いきなり結論や対策を出そうとすることが実に多い。これゆえ判断の根拠が曖昧となり、意思決定に肚(はら)がすわらない。議論は思い込みの水かけ論となり、結論も先延ばしになりがちだ。さもなくば、声の大きな人の意見に押されて拙速な意思決定となる。職場に、Factに基づく意思決定プロセスはどうしても確立したい。
加えて、職場での意思決定には、同調圧力に代表される集団心理が働く。特に日本の職場では、上位者の気持ちを忖度(そんたく)したり、反対意見を公に表明することを避けたり、際立った意見は言い出せず多数派に迎合したりすることが多々起きる。これらが意思決定の質とスピードに影響を及ぼす。特に前述の「Factに基づく合理的判断」がフラついていると、「職場力学」の影響を受けやすい。
「職場力学」への対処は一様にはいかない。職場の事情によっても異なり、意思決定者の性格や生き方にもかかわるので、一律の対処法があるわけではないだろう。しかし意思決定で大事なことは、「職場力学の判断」と「Factに基づく合理的判断」をゴチャ混ぜにしないことだ。いったん「職場力学」を横に置いて、「Factに基づく合理的判断」はこうだと押さえる。その上で、置かれた職場の特性(関係性)を勘案して、最終的にはこう意思決定するというステップを踏む。このように判断の根拠とプロセスを見える化しておくことが大事だ。
会社生活では、入社してから自分が最終意思決定を下す立場になるまでに長い年月があるのが一般的だ。この間冒頭のような環境にドップリ浸かっていると、いざと言う時に自信をもって意思決定ができなかったり、さらにはその責任を回避してしまうことにもなりかねない。現在、職場で意思決定が先延ばしにされる原因の多くは、これによるところが大きい。
日本の職場で適切な意思決定力を養うには、早くから、職場での意思決定テーマに「自分だったらどうするか」をシャドーイング(模擬行動)しておくことだ。その際、「Factに基づく合理的な判断力」と「職場力学の判断力」とを分けて、両方の力を鍛える意識をもつことが大事だ。
集団による意思決定にはさまざまな難しさが伴う反面、多面的な情報と多様な考え方(ダイバーシティ)から、個人による意思決定より質に優れ、関係者の納得も得やすいことが期待される。日本の職場改革には、事実に基づき冷静に、かつ、自らの意志をもって物事を「決する」、肚のすわったリーダーの存在が欠かせない。
(関連留考録)M5 自分の「立ち位置」を決める