M3 「固定費削減」から「限界利益率アップ」へモードを切りかえる


日米中央銀行の金利政策の違いから、極端な円安が進んでいる。自国通貨の価値はその国の経済力を示す。日本の産業界が過去20年、国際競争力を大幅に落としていることとも無関係ではない。この間、GDPが約2倍に伸びた米国に対し、ゼロ成長の日本。2000年に世界第2位だった国民一人当たりGDPは、2020年には27位にまで低落している。どうしてこうなるのか。

マクロ経済を語るのはおこがましいが、企業現場の実態を見ていると明らかな原因が見えてくる、ズバリ、この間、企業経営が「固定費削減」モードにどっぷり浸かっているからだ。収益確保が「固定費削減」と同義になっている感さえある。

固定費の中では、通常、人件費の割合が大きい。したがって「固定費削減イコール、人員削減・抑制+賃金カット・抑制」を意味しがちだ。日本の労働賃金が上がらないのは、この傍証とも言える。しかし、目先の収益改善のために現場の実態を無視して固定費を一律カットすれば、事業運営力そのものを弱体化しかねない。残念だが、過去20年間、日本株式会社は総じてこのモードにある。

事実、人員不足から社内でのミスや顧客からのクレームが頻発している職場も少なくない。これらの対応にも人手が要るので、ルーチン業務がさらに手薄になりミスが再発する。いったんこのモードに入ると、現場の努力だけではなかなか抜け出せない。

ある製造現場で課長職にある人は、「クレームで顧客から責められ、人員はあてがわれず、残業規制で部下の仕事も制限される。そんな中で意を決して経営改善提案を上に揚げたら、『そんなことは分かっている』と言って取りつくシマもない。いったいどうしろと言うのか」と、怒りに訴えていた。

「目先の収益」ではなく「恒常的な収益力」を上げるには、上からの強権的な「固定費削減」ではなく、現場から湧き上がる力によって、製品やサービスの販売一件毎に得られる利益(正確には限界利益*1)を上げることだ。販売毎の売上高限界利益率*2が上がれば、同等の活動レベルでより高い収益が得られる。今、日本株式会社が取組むべきは、このモードチェンジだ。

限界利益率を上げる手段は二つ。先ずは、①「売値を上げる」ことだ。それには、高付加価値 / 差別化技術・製品・サービスの開発と、自社が優位に立てる市場セグメントでの営業展開に徹する必要がある。間違っても、目先の利益優先で、開発活動を安易に縮小させてはならない。

もう一つは、②「変動費を抜本的に下げる」ことだ。開発、設計、調達を巻き込んだ全社レベルでの材料費の低減、製造プロセスと作業標準の大幅な見直しによる工数低減など、思い切った原価低減策が必要となる。今なら、①、②共にデジタル情報の活用(DX)が効果を発揮するだろう。これも過去20年で日本が大幅に遅れている分野だ。

いずれも一朝一夕には成し難く、恒常的な取組みが必要となる。これら全てが社員の力量にかかっており、これまで手薄になっている人材育成には、今からでも本気で取り組む必要がある。

単なる「固定費削減」では、仮に単年度の利益は担保できても、事業の高収益化も長期的な成長も望めない。過去20年間の日本の遍歴がこれを物語っている。日本の経営は、「固定費削減」から、社員ひとり一人の力を活かし持続的に利益を向上させる「限界利益率アップ」へとモードを切りかえる必要がある。

会社の収益力も、一国の経済力の源泉も、基本は人にあることを忘れてはならない。


(註)
*1 限界利益とは、各々の製品やサービスの売上に伴って得られる利益のこと:「限界利益=売上高ー変動費」で表される。事業運営には、変動費の外に、売上に連動しない費用(固定費)があるので、限界利益が固定費を上回わることで、営業利益がプラスとなる。

*2 売上高限界利益率=限界利益 ÷ 売上高

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