M2 その提案で顧客はいくら得しますか?


「当社の製品はコンパクトで使いやすく、設置スペースも格段に少なくて済みます。」 これではセールストークとしては不合格である。製品がコンパクトなことで、顧客はいったいいくら得するのか? おおよそでもいいので、これを金額で示したい。売り手は自らの提案によって生じる「顧客の経済価値」(EVC: Economic Value for Customers)を知らないと、値決めもディスカウントも適切に行えない。

少々専門的になるが、電力の送電設備に「遮断器」と呼ばれる装置がある。遮断器は、何らかの事情で送電網に過大な電力負荷がかかった時、送電システムを保護するために強制的に電気を遮断する装置だ。家庭用電源ブレイカーの広域版と言っていい。

コンセントを抜けば電気は通じないことからも分かるように、身の回りにある物質の中では空気が最も絶縁性能が高い。しかし、通常、空気には若干の水分が含まれるため、完全な絶縁体とは言えず、高圧電流では放電現象が起こり得る。このため、電気を遮断するには電極を一気に遠くまで引き離す必要があり、旧来の空気遮断器では、大きなものになると全長 20 m 前後、設備の設置面積はテニスコート1面分(約 200 m2)ほどにもなった。

その後の技術開発によって、空気より絶縁性能に優れたガスを媒体とするガス遮断器が世に出たことで、機器の長さは半分以下に、設置面積は 5 分の 1 から 10 分の 1 ほどまでに縮小した。

小型になったことで製造コストは下がったが、ガス遮断器は、導入当初、空気遮断器よりもはるかに高い値段で取引された。設備設置面積が小さくなった分、顧客(電力会社)は用地の買収や土地の整備にかかる費用が各段に少なくて済み、高額でもガス遮断器を欲したからだ。特に地価が高い大都市圏では、ガス遮断器が生み出す EVC「顧客の経済価値」は甚大だった。

売り手が提案のメリットを伝える際は、このような顧客側の事由を精査して、メリットを金額で評価しておく必要がある。しかしながら、売り手と顧客との一般的な関係性では、売り手にとってこの種の顧客情報を入手し提案を最適化することは、そう簡単ではない。

例えば、製造ラインに用いる機械装置で、自社製品は競合品より 2 倍長持ちするので、価格が 1.5 倍でも顧客には十分メリットがあるとする。しかし、この場合、顧客のメリットは製品の耐用年数に対する価格の相対的な安さだけとは限らない。装置の入替え時に顧客に何らかの費用が発生したり、ラインを止めることで生じる機会損失(減産による利益減など)が大きければ、顧客メリットはさらに増す。

ここまでの事情に踏み込んで、顧客の「ペインポイント」(困りごと)や「ウィッシュポイント」(望みごと)を知るには、顧客との接点を「カスタマージャーニー型」に転換する必要がある。

以前の留考録*でも触れたが、「カスタマージャーニー型ビジネス」とは、売り手が製品やサービスを納めた後も顧客の使用経験に同伴(伴に旅・ジャーニー)するビジネススタイルのことだ。自動車業界では、新車販売後も「コネクティッドカー」(つながる車)としてユーザーをフォローし、新たなサービスビジネスに結びつける試みがなされている。今後、これに類した試みが他の業界にも広がっていくものと思われる。

「顧客満足」の追求に終わりはない。「満足」は感覚や感情レベルのソフトバリュー・SVCにとどまらず、エコノミックバリュー・EVC(=顧客が得する金額)を押さえた上で訴求することを心がけたい。


*(関連留考録)M2 カスタマージャーニー型ビジネスとDX