M0 「栗山ノート」が伝えるリーダーの心のウチ


2023WBCで侍ジャパンを率い、世界一奪還を果たした栗山英樹監督。彼が日本ハムファイターズ監督時代に綴った書籍「栗山ノート」は、組織を率いる企業人にとって頻繁にひも解くべき座右の書にも値する。

本書は、氏の監督業でのエピソードと論語や易経を始めとする古典からの引用を重ね、リーダーが持つべき信条と心構えを豊富に伝える。全てが「リーダーへの道標」とも言えるものだが、全文を読んだ後、再度本を手に取り、心静かに(氏の顔写真が映る)表紙に目を落とすと、「リーダーの心のウチ」とも言える基本が3つ見えてくる。①「相手を人として尊重する姿勢をくずさない」、②「頻繁に自己を振り返る」、③「 ”大いなる存在” を心に描く」の3つだ。

  「相手を人として尊重する姿勢をくずさない」:10試合4安打の貧打に苦しむ4番中田翔選手に代打を送った時も、5回9奪三振で好投していた杉浦稔大投手に将来を考えて降板を告げた時も、二塁手を望む西川遥輝選手に本人の適性を診て外野手への転向を伝えた時も、栗山さんが心に留めたのは、相手の尊厳、メンタルへの配慮だ。

リーダーは合理的な判断から冷徹な決断を下さざるを得ないことがある。そんな時、対人関係に未熟な自我が出れば、メンバーとの信頼関係の構築も育成もかなわない。基本は、どんな局面でも「相手を人として尊重する姿勢をくずさない」こと。これを貫き人の成長をサポートすることが、栗山さん自身の支えとなっていることがよく分かる。『他者を責めるよりも、まず自分を見つめる決意を胸に秘める。』

  「頻繁に自己を振り返る」:泰然と / 逆境に / ためらわず / 信じ抜く / ともに の5章にまとめられた本書そのものが、栗山さんの日々の内省の証だ。シーズンが始まれば、毎日の戦績から「どこで判断を誤ったのか、自分の何がいけなかったのか」と自らを責めることも多いだろう。

しかし、いつまでも過去を悔いることなく、次に立ち向かう力に転じる。リーダーの心のウチは、試練と内省と復活の繰り返しだ。藁(わら)をもすがる思いで、古典に活路を求めたのであろう。日々反省の言葉を『書き出して、読み返して、また書き出して、また読み返す』。その結果、『利己的な私心を削ぎ落していくと、最後には「人の役に立ちたい」という思いが浮かび上がってくる』境地にたどり着く。


  「 ”大いなる存在” を心に描く」:リーダーが驕(おご)ることなく前進し続けるには、自分を超える ”大いなる存在” を心に描く必要がある。何が正しいか定かでない中、独りよがりになるあまり、自分より圧倒的に偉大な存在を意識できなければ、人を適切にリードすることはできないだろう。メンバーが持つ潜在能力さえも自分の限界に押し込めてしまう恐れがある。

   栗山さんにとっての ”大いなる存在” とは「野球の神様」。曰く『無私でいなければ、野球の神様の声が聞こえてきません。』

本書を貫くのは、リーダー・栗山英樹氏の共に歩む仲間への思いと、自己研鑽への執念。リーダーは「出来る人」から「出来る人を育てる人」への脱皮を経て完成期を迎える。『人のために尽くす喜びを追求することにこそ、私たちの生き甲斐がある』ー「栗山ノート」は、これを実践する勇気と覚悟を伝えている。


(註)『 』内は本書からの引用

(推薦図書)栗山ノート 栗山英樹著 光文社刊
(関連留考録)M4 信頼される上司にある1つの要件