M1 仮説思考は上手く使えますか?

 

仕事のスピードと質を上げたければ「仮説思考」をフル活用することだ。仮説思考とは「早い段階で結論を仮定し、事実が判明するたびに立てた結論(仮説)を更新していく思考法」である。だが、これを上手く使えている人は意外に少ないように思う。仮説思考の効用、使う上での勘所、留意点を記したい。

仮説思考法を身につけると、世の中を見る感度が上がる。ボヤーと見えていた事象や出来事のある部分に焦点が当たり、輪郭がクッキリしてくる感覚だ。仮説を持つことで、物事を単にありのままに見るだけではなく、見る側の主体的な思いが込められるからだ。

自らの考えを立証するために、もっと調べよう、もっとよく見ようとするようになる。見るべき的が定まることで仕事の効率が上がり、考察の質も上がる。サスペンスドラマを観ていて「この人が犯人ではないか」と当たりをつけると、ストーリー展開にいくつかのスジが見えてきて、のめり込むのに似ている。

運用に際しては、仮説は事実とセットで捉えることが大事だ。すなわち、闇雲に結論だけを仮定せず、事実に即して仮説を立てる。分かっている事実が少なくても、「これまでに判明している事実に加え、さらにこのような事実があれば、結論はこうなる」と考える。新たに判明する事実が想定通りなら、仮定した結論の蓋然性(がいぜんせい)が増す。もし、そうでなければ、新たな事実を含めて仮説を再構築する。これを繰り返す。

仮説思考の効用は、仕事の効率と質が上がることに加え「いつ何時でもその時点での(仮説的)結論が言える」ことだ。上司などに報告する際、後々結論が変わる可能性を考えて、途中経過での見解を表明することを躊躇する人もいると思うが、これは杞憂だ。後で結論が変わったとしても、「あの時点ではそう考えた。しかし、その後それに加えてこのような事実が判明したので、最終的にはこうなった」という説明が一層説得力を増す。

どんなに調査して導いた結論も、厳密には仮説の域を出ない。そもそも全てを立証するだけの事実が集まることはマレだ。だからこそ、仮説思考のアプローチが大事だ。

仮説思考の最大の落し穴は、最初に立てた仮説に縛られやすいことだ。人間には一旦こうだと思ったことに縛られる「認証バイアス」がある。これに関しては、2010年に発覚した大阪地検特捜部証拠改ざん事件が象徴的だ。

障害者郵便制度悪用事件にからみ、元厚労省局長村木厚子氏が事件に関与していると踏んだ特捜部は、彼女を有罪に追い込むため、こともあろうに厚労省から押収したフロッピーディスクのデータ(日付)を改ざんしてしまった。公正な裁きを行うべき特捜部までが、一旦立てた仮説に縛られ、事実を曲げてまでも立証を試みる。この事件は、特捜部内の不適切な組織圧力も露(あら)わにしたが、認証バイアスの異様なまでの魔力を物語るには十分過ぎるものだった。

認証バイアスに陥らないためは、あくまで事実を客観的に捉えることに尽きる。自らの判断には過去の経験や人の意見に左右される可能性があることを認識して、事実をもとに多方面から検証することが大事だ。

仮説思考は、仕事を能動的に推し進め、アウトプットのスピードと質を大幅に上げる。混沌とした事業環境を切り拓き、自らの信じる道を仲間と共に進むには「仮説思考」が武器になる。


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