M10 台湾の安全保障と日本の覚悟


台湾には玉山(旧称、新高山)を最高峰とする山脈が中央南北に走っている。この尾根が南東から上陸する台風の勢力を弱め、西側の台中、北側の台北の二大都市を守っている。それと同じく、世界最大の半導体受託生産量を誇る台湾企業TSMC台湾積体電路製造股份有限公司)が、国際情勢の渦の中で安全保障の要とされ、台湾の「護国神山」とも称せられている。

一国の安全保障は軍事力や国防費の大きさだけで担保されるものではない。TSMCのような先端技術を有する企業が「外交の首根っこ」を押さえている。台湾海峡有事など、TSMCが何らかの国際紛争に巻き込まれて半導体の供給が滞れば、世界経済へのインパクトは甚大なものとなる。これを回避するために多くの国が動くだろう。

日本にもかつてこのような「護国神山」があった。半導体も日本の世界シェアは1980年代には50%以上でトップだったが、2000年に23%、現在では10%以下まで低下している。また、あらゆる工業製品のマザーマシン(母機)と呼ばれる工作機械は、かつては日本の安全保障上重要な戦略製品だった。

1987年に発覚した東芝機械ココム違反事件では、当時最先端の同時多軸制御が可能な切削マシンが輸出禁止先国のソ連に渡ったことで、日米関係に大きな亀裂を生んだ。別の見方をすれば、当時の日本の工業製品に国際情勢を揺るがすだけの力があった証でもある。

しかし近年では、半導体の世界シェアの低落や工作機械の国際競争力の低下だけでなく、新型コロナウィルス用ワクチンの開発遅れ、デジタル化に対応する社会インフラの不備、国産宇宙ロケット打上げの度重なる失敗、国産商用ジェット機開発プロジェクトの断念など、この国の科学技術の水準に大きな疑問を抱かせる出来事が続いている。

昨年文科省がまとめた「科学技術指標2022」では、世界の自然科学分野の論文中、被引用数がトップ1%に入る高インパクト論文数で、日本のシェアはわずかに1.9%1位中国:27.2%、2位アメリカ:24.9%)だった。日本が科学技術先進国というのは、もはや幻想以外の何物でもない。

中国語に「兵不血刃」(ひょうふけつじん)という言葉がある。戦国時代の思想家・荀子が説いた「刃を血に染めることなく、戦いを制する」という教えだ。これには外交を始めさまざまな努力と工夫を要するが、中でも(武器を含め)人間社会の細部にわたり科学技術が支える現代にあっては、TSMCのように先端技術を持つ企業の存在が、自国にとっての「護国神山」であると同時に、国際紛争における「兵不血刃」の要となる。

今年(2023年)8月に台湾を訪問した麻生副総理が、台湾海峡有事には「非常に強い抑止力を機能させる覚悟が求められている。戦う覚悟だ。」と語ったことがメディアで話題となった。意図はあくまで戦争回避にあったと解するが、武力に対し武力で抗するだけなら、不用意な戦争誘発は回避し難いだろう。

平和憲法を標榜する日本が堅持すべきは、世界のどんな国家間であっても決して「戦わせない覚悟」だ。その覚悟を支えるためにも、他国の追従を許さない「科学技術開発立国」となることが、日本の目指すべき道だと改めて強く思う。


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