さまざまな転職ケースの中でも、社長や事業部長など事業収益(PL)責任を担うエグゼクティブポジションへの転職は緊張感が特に高まる。人間関係ゼロからの多くの人を率いて、具体的な成果を早期に出すことが求められるからだ。しかし、その分、会社への貢献度もやりがいも大きくなる。30代後半以降(経営コンサルティング経験後)の私の転職は、全てPL責任を持つポジションへの転職だった。
そのようなケースでも、転職に際しての心構えは、既述留考録(2025年1月30日付)の「5つの留意点」(①対話の受発信力を高める / ②得意分野で勝負する / ③気づきと違和感を強みにする / ④人への許容度を上げる / ⑤自分の履歴書に責任をもつ)が基本だ。ただし、全社や部門全体などの大所帯を率いてPL責任を果たすには、それぞれの点で特に留意すべきことがある。書き留めたい。
① 「受発信力:プレゼンテーション力を高める」-事業のPL責任を担うには、それに関わる多数のメンバーに向けての発信力が問われる。すなわち、1対1の対話での受発信力だけでなく、多くの人の心に届くプレゼンテーション力が必須だ。
特に転職直後、自分の考えや方針を伝える最初のプレゼンテーションは大事だ。人は第一印象に左右されやすい。プレゼンの内容はもとより、場の設定、スライドの出来、プレゼンの仕方、Q&Aへの対応など、あらゆる点に細心の注意を払いたい。
② 「得意分野:圧倒的に勝る力を(少なくとも)一つ持つ」-いきなり外部からトップが来るとなれば、受け手側は、どんな人なのか、一緒にやって行けるのかが関心事となる。その際、何か一つでも転職先の職場の誰よりも勝る力を持っているとリーダーシップが発揮しやすい。
会計・財務、法務等の特定分野での専門知識や特定製品の技術知見、M&Aやプロジェクトマネジメントの経験知、さらには英語のコミュニケーション力など、事業に関係するものなら何でも良い。もし転職先が抱える課題解決に直結する力であればさらに良い。それをテコに他の分野でも協調して仕事を進めやすくなる。常日頃から「これは誰にも負けないと自負する力」を意識して鍛えておきたい。
③ 「気づきと違和感:転職先の職場を全否定しない」-PL責任を担う転職では、前の職場と比べて転職先の悪いところが気になりがちだ。「こんなことも出来ていないのか?!」と落胆し、期待される成果が出せるかも不安になる。そうなると「あれも、これも出来ていない!」と、転職先の職場を全否定しがちだ。しかし、これは得策ではない。先ず(少しでも)良い部分に目を向け、それを認めることが肝要だ。
新たな職場で改革を進める際の基本姿勢は、「過去に感謝を」、「未来に希望を」、そして「今に責任を」の3点セットだ。これは、大学時代の所属研究室の先輩で、大手企業で事業のトップを務めたSさんから学んだことだ。いくら事業が問題を抱えていても、多くの人の努力によって今日まで存続して来た職場に先ずは感謝。その上で未来に向かって改革に着手する。そのほうが改革の推進力も得やすい。
④ 「人への許容度:改革同志を見つけ出す」ー外から来たトップが現状の問題点を指摘し改革の必要性を唱えても、一定の割合でこれに反対する人や非協力的な人が出てくる。このような人たちにも丁寧な説明が必要だが、改革を断行するには、現状を何とか変革したいと強い情熱を持つ人たちの力が必要だ。
彼らは、往々にしてこれまで疎んじられていたり、厄介者扱いだったりすることも少なくない。新たな職場では、人への許容度を上げると同時に、志を共有して改革の道を共に歩む同志を見つけ出すことが必須だ。
⑤ 「履歴書:自分の力量と判断の真摯さを問う」ーPL責任者であれば、事業の存続や発展のために、時に事業の構造改革やリストラなどの苦渋の決断も迫られるだろう。そんな時依って立つべきは自らの確たる判断基準。「この決断は本当に正しいのか。世のためになるのか。そこに不適切な私心は含まれていないのか」
このクラスの転職であれば、履歴書に現れる経歴の見栄えを超え、自らの力量を客観的に認識すると同時に、経営リーダーとしての信念と真摯さを問う姿勢を貫きたい。
ここで記したことは、転職に限らず、社長や事業部長など事業収益(PL)責任を担う職責に就く際には一様に問われることである。エグゼクティブクラスの転職では、経営者としての資質が明確に問われる。転職が試金石となって経営人材が育つきっかけが得られ、これが多くの職場に波及するなら、近年活発になっている転職は日本の産業界にとってプラスになるものと思う。
(関連留考録)M6 転職キャリアの歩き方
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