弘下村塾のワークショップでは、経営リーダーが抱える仕事を緊急度(3段階)と重要度(3段階)に分けて、各人の仕事への取組み姿勢(特性)をレビューする機会がある。分類する15の仕事には、期中の業績チェック、投資案件の意思決定、顧客からのクレーム対応、工場での労災対応、海外からの来賓対応、顧客先との会食、うつ病社員への対応、会議や面談の社内業務など、さまざまなタスクが(関連状況と共に)含まれる。
このエクササイズを行うと自らの仕事に対する特性が見えてくる。当然ながら分類は人によってマチマチだが、外してはならないポイントがいくつかある。
先ず「緊急度が高い仕事が、必ずしも重要度も高いわけではない」という認識だ。当然と思えるかもしれないが、実際は多くの人が緊急度と重要度を同一視する傾向にある。例えば、上司から「早急に資料を提出して欲しい」と言われれば、重要なタスクと思いがちだ。しかし、これも背景に依る。そもそも何のための資料なのか、既存の資料の編集で対応できるものなのか、新たな情報を盛り込むべきなのかでも分類は違ってくる。上司に背景と求める内容の確認が必要だ。
また、部下から「今日面談させて欲しい」との伝言があった場合、これだけでは重要度の判断はつきにくいが、今日の早い時点で何らかの対応をする(「今日会える / 会えない」だけでも伝える)緊急性はある。
これらの例のように、緊急度、すなわちデッドラインの設定は他者や環境からの要請で決まる側面が強い。しかし、重要度は(中には「誰が見ても明らかに重要」と判断されるものもあろうが)厳密には自らの判断に依る。したがって、分類には自分がなぜ重要と考えるのかの論拠を明確にする必要がある。
重要度の判断には、合理性だけでなく、その人の立場や経験が影響する。設計課長と事業部長では、事業キャッシュフローの予実管理に対する感度は異なるだろう。また営業部門出身者なら、顧客からの依頼事項を最優先と考えがちだし、品質管理の経験があるなら、製品の性能保証は何にも増して重要と見なしがちだ。経験からくる自らの判断特性を客観的に認識し、不適切なバイアスを排除することが大事だ。
私自身は業務上の安全に(時として過大に)重きを置く傾向にあると自認している。これには社会に出て最初に勤めた造船所での経験が影響している。1970年代末、日本の造船所は大型タンカーの建造ブームが一段落した時期だったが、建造現場では未だ死亡事故が断続的に発生していた。
希望に燃えて就いた造船技師の仕事だったが、所内に入る救急車のサイレンの音が響きわたるたびに「何十万トンのタンカーといえども、人命より重い船があるのだろうか?」と、何とも居たたまれない気持ちに襲われた。「仕事と安全(人命)」に対する当時の想いが、その後の会社生活でも心の底に横たわっているように思う。
仕事への取組みは、「周囲からの要請を正しく理解して緊急度を見極めた上で、自らの判断特性を認識してバイアスを排して重要度を計る」。経営リーダーにとっては、これが肝要だ。
会社生活では「与えられたタスクにどう応えるか」に気持ちが行きがちだが、「どうやるかの前に、何をやるかが先決」だ。やるべき事を的確に見定めてそれに集中できるよう、研鑽を積み重ねたい。
(関連留考録)M6 緊急度は低くても、重要なことに今すぐ手をつける
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