人生で職業の選択は一大事だ。人によっては、結婚相手を選ぶのに匹敵するほど重要に思えるかもしれない。にもかかわらず、後から振り返ると、(結婚と同じく?)偶然に左右されることも少なくない。
日本の場合、新卒一括採用という特異な採用形態がある。大学卒業時に就職できなければ、社会という向こう岸にすんなり渡れない。エントリーシートを書きまくり、とにかく採用してくれる会社を見つける。業界や職種は二の次で、給与、福利厚生、安定性で選んでしまうケースが一般的だろう。
もちろん給与も福利厚生も会社のネームバリューも大切だ。しかし、それだけで職業を選ぶと、長い人生のどこかで壁にぶつかることになる。本来、仕事を選ぶときに自分に問うべきは、①好きか? ②得意か? ③社会価値があるか?だ。この3つが揃っていれば、長い職業人生でもそう簡単にはへこたれない。
「好き」と「得意」は必ずしも一致しない。「好きこそものの上手なれ」とは言うが、どうしても上手くならず「下手の横好き」で終わることもある。逆に得意ではあっても心から好きになれないこともある。だからこそ両方を吟味する必要がある。
しかし、好きで得意でも「社会価値」が低ければ、職業としては不向きと言わざるを得ない。会社や事業の価値が低ければ、冒頭の給与、福利厚生、安定性も低くなるからだ。好きと得意との兼ね合いから、この判断には冷静さが求められる。
私自身、子どもの頃から造船技師になるのが夢だった。船が好きで、工学もそれなりに得意だった。しかし就職の頃には、日本の造船業は不況のどん底にあった。給与水準も低かったが、「家族を養うくらいの収入は得られる」と判断し、迷わず造船への道へと進んだ。その後、紆余曲折を経てキャリアの転機を迎えることとなったが、今でも最初の選択は正しかったと思っている。もし好きでも得意でもない仕事を選んでいたら、職業生活の活力は弱く、その後の転機もモノにはできなかっただろう。
では、もし好きや得意を明確にしないまま会社生活を送ってきたら、どう考えればよいだろうか。
まず確認したいのは「社会価値」である。会社が今日まで存続しているのは、社会の役に立つ仕事をしてきた証だ。自分の担当が分業の一部で実感しにくくても、会社が生み出している価値に目を向け、自分の言葉で言語化するといい。「私の仕事は会社の〇〇を支え、それが社会の▢▢に役立っている」と表現できれば、仕事の意味づけが変わってくる。
次に自分の「得意」を棚卸しする。会社生活を少なくとも10年過ごしていれば、必ず磨かれた強みがあるはずだ。何事も10,000時間(会社生活ではこれがほぼ10年に相当する)を投入すれば、その道に長けると言われる。人事や法務、調達などの専門領域の見識か、交渉力や部下育成、危機対応などの実務能力か──。自分では当たり前と思っていることが、周囲から見ると大きな強みとなることはよくある。信頼できる上司や同僚、部下に尋ねることで、自分では気づけない得意分野が見えてくるだろう。
最後に「好き」だ。若い頃は「好き」が大きな原動力になるが、年齢を重ねるほど「好き」は「使命感」へと形を変える。仕事は義務感でこなすより、使命感で挑むほうが迫力が増すし、何よりも楽しい。ある塾生仲間は「自分が取り扱う製品が後進国の社会インフラと発展を支えている」と実感した瞬間、仕事への姿勢が一変したと話してくれた。使命感は、好きや得意を超えて仕事に新たな意味を与えてくれる。
自分の今日までのキャリアを振り返り、「好き」、「得意」、「社会価値」の3つを一度棚卸しして欲しい。さらに、それを「使命感」につなげられるかどうか。ここにミドル以降の職業人生を豊かにするカギがある。
(関連留考録)M4 「お金」と「時間」と「仕事」の関係
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