M2 事業売却のタイミング


 

事業撤退には、他社への売却が一手段となる。日本企業のM&Aの実態からは、「買収する時は、高値をつかむ」傾向にある一方、「売却する時は、買い叩かれる」という、なんとも不合理なことが起こりがちだ。別な見方では、海外のM&A案件では売る側が優位に、国内案件では買う側が優位に立つことが多い。

こうなる理由は明らかで、日本企業の場合、業績が悪化して自社ではどうしようもなくなった事業を売りに出すからだ。事業の現在価値は低く、買い手を探すのにも苦労する。売る方は「とにかく売りたい」ので、M&A交渉では買収価格を含め、買い手が優位に立つ。

他方、外資系企業は、自社が目指す企業像と今後の事業環境との整合性から、まだ収益力のあるうちに事業の売却を決定する。事業が保有する有形無形の資産価値とその後見込まれるキャッシュフローから、複数の買い手が名乗りを上げることも一般的だ。そうなると買い叩かれるどころか、場合によっては、価格が吊り上がることも少なくない。これにM&Aに不慣れな日本企業が買い手として参画すると、競り合いから不当な高値で買収することにもなり兼ねない。

「売り物に価値がなければ、高くは売れない。」至極当然なことだが、M&Aに関しては、これを解さない日本企業(特に大手企業)は意外に多い。「M&Aを事業経営の打ち手として使うことに長けていない」の一言に尽きるが、根底には、「自社が目指す事業の将来姿をしっかり描けていない」という、より深刻な課題が横たわっている。

在任期間が4~6年の日本の経営トップには、10年先、20年先の自社事業のあるべき姿を定めて、それに向けて経営の舵を大きく切る動機がなかなか働かない.。よほどの経営危機にでも直面しない限り、「現状維持+アルファ」くらいで終始する。社内で「30年後の我が社のあるべき姿を描こう」と一大プロジェクトを立ち上げても、外部の識者と社内の意見を募るだけで、現経営陣にはどこか他人事になりがちだ。本来、会社の将来像こそ、経営トップが強い意志とリーダーシップのもとに示すものだ。

解決には、二つの基本に徹することに尽きる。一つは、何といっても経営リーダーの力量をスキルとマインドの両面から抜本的に鍛えることだ(M&Aの基本作法も含む。参照:M3 そのM&AGONO GOか?
残念ながら、日本のサラリーマン経営者には、それまでのキャリアと学びの経験から、しかるべき経営力を備えている人が多いとは言えない。より良い人間社会を創り上げる強い意志・パッションと、少なくとも10年先の自社の企業像を構想し、組織をリードする力はどうしても身に着けたい。

もう一つ、トップが数年で交代する日本企業にとっては、自社のあるべき将来像を次の後継者、さらには次世代のリーダー候補と共有して、中長期的な経営方針を継承・進化させていくシステムを持つことが必須だ。日本企業は、概して経営メンバーの一体感が弱い。トップは自らの任期を全うすることで精一杯で、役員同士の連携強化や後継者の育成が疎かになりがちだ(参照:M4 いまの仕事、誰にどう引き継ぎますか?)。

経営のバトンを責任をもって次世代につなぐには、トップとその後継候補者が定期的に合宿討議を行うなどして、自社のDNAを紡いでいく人間同士の血の通った関わり合いが必要だ。経営層が時代を貫くストーリーを世代をまたいで継承すれば、事業売却のタイミングにも肚が定まるだろう。