M2 「遠ざける事業」を選別する―コングロマリット経営の要諦



重電、重工業、商社など、日本の大企業には複数の事業を抱えるコングロマリット型の企業が多い。この経営形態の最大の難所はどこにあるか。それは、新しい事業を育てること以上に、「時代の要請から外れつつある事業を、いかに遠ざけるか」を決断する点にある。

コングロマリット経営の基本は三つある。第一に、事業ごとの収益を可視化し、権限と責任を明確にすること。社内カンパニー制や事業部制を敷く以上、黒字事業と赤字事業を混在させ、赤字を覆い隠すことは許されない。しかし現実には、規模の小さな赤字事業ほど温存され、抜本的な手当てがなされないまま年月が過ぎるケースが少なくない。

第二に、事業間シナジー(相乗効果)の創出である。シナジーはコングロマリット経営の常套句だが、そもそも組み合わせ自体に必然性がなければ、掛け声倒れに終わる。日本企業の多角化は、必ずしもシナジーを軸に進められてきたわけではなく、その結果、戦略的に存在意義を見い出しにくい事業が社内に残り続ける。シナジーが見込めないのであれば、単体事業として切り出すか、業界再編を含めた判断が求められる。

第三に、社会変化を見据えた事業ポートフォーリオの改編である。欧米企業には、将来像を明確に描いたうえで、収益性の高い事業であっても大胆に手放す例が少なくない。一方、日本のコングロマリットは、赤字事業を引きずり、追い詰められてから撤退を決める傾向が強い。その結果、判断は常に後手に回る。

こうして見ると、日本のコングロマリットにとって最大の難題は、「近づける事業」と「遠ざける事業」を平時から選別できない点にある。この判断は単なる損得計算では済まない。企業の存在意義をどう捉えるか、顧客や社員、株主、地域社会といったステークホルダーへの責任をどう考えるかという、経営者の価値観と信条が問われる。

日本では解雇に対する社会的制約が強いが、それでも企業が行き詰まれば大規模なリストラが行われる。本来成すべきは、そこに至る前に事業ポートフォーリオを不断に見直すことである。そのためには、①「近づける事業」と「遠ざける事業」を定期的に言語化すること、撤退判断を赤字・黒字だけで行わず、将来性と競争優位で測ること、撤退を失敗ではなく経営判断として説明し切る覚悟を持つことが欠かせない。

撤退できずに赤字事業を引きずる経営に対し、私が特に警鐘をならすのは、その判断が当該事業に携わるメンバーにもたらす影響である。注力事業とは位置づけられず、将来の展望も積極的な投資も示されないまま、赤字事業のレッテルを背負って日々を送ることになる。これでは、主体的に働く実感や成長の機会は得られにくく、貴重な人材資産の能力開発もままならない。事業経営の本質として見れば、赤字を垂れ流すこと以上に、このような状態を長年放置することの方が深刻である。

コングロマリット経営の実例として示唆に富むのが、元日立製作所社長・会長の川村隆氏による著書『ザ・ラストマン』だ。2008年度に7,873億円もの巨額赤字を計上し、株価が200円台まで低迷した日立は、川村氏のもとで財務体質の強化と事業ポートフォーリオ改革に踏み切った。これがV字回復の起点となって、2024年度の純利益は6,560億円、現在の株価は5,000円を超える水準にある。同書でも語られているのは、「近づける事業と遠ざける事業を決める」ことの重みだ。

コングロマリット経営の成否は、何を持つかよりも、何を手放せるかにかかっている。「遠ざける決断を先送りしない」ことこそが、企業を次の時代につなぐ条件なのである。


(推薦図書)ザ・ラストマン 川村隆著 角川書店

(関連留考録)M2 赤字事業をやめられない心理は?
       M2 コングロマリット(複合企業)のシナジーと求心力創出の鍵

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